第四話
花を売ってお金を稼ぐ、いい案だと思ったものの、
――ここから町まで歩いて数時間はかかるわ。大荷物を抱えて歩くとなると、もっと時間がかかってしまう。
切り花には水も必要だ。
となると荷馬車が欲しくなるところだが。
――荷車なら納屋に古いものが置いてあったわ。まだ使えるといいけれど。
問題はそれを引いてくれる動物をどうやって手に入れるか。
「ねぇ、モーリー、あなた、馬かロバか牛の知り合いはいないかしら?」
とりあえず荷車を外へ出して洗っていると、モーリーが不思議そうな顔でこちらを見ていた。モーリーはとても賢い猫で、フローラが話し始めると、動きを止めてじっと耳を傾けてくれる。たまに人間のような顔をして、淡い水色の目を細めることもあるので、もしかするとモーリーは女神様の使いか、猫に化けた妖精かもしれないと思うこともあった。
それでつい愚痴をこぼしてしまったのだが、
「にゃあぉ」
突然、モーリーは何かに驚いたように大きな鳴き声を上げると、サッと茂みに飛び込んで姿を消してしまった。
猫の気まぐれには慣れているので、フローラは気にせず荷車を洗い続けた。
そして後日、
「……まぁ」
雨が降り出したので家の中に入ろうとすると、庭の片隅に何かいるのを見つけた。
のんきに草を食んでいるそれは馬だった。
毛並みの美しい白馬で、とても野生のものとは思えない。
よく見ると、モーリーと同じ水色の目をしている。
人間と接することが苦手でも、動物や植物が相手なら話は別だ。
王城では馬を含め、多くの動物たちが飼育されていたので、王女であるフローラも馬の扱いには慣れていた。馬を驚かさないようそっと近づき、優しく声をかける。
「こんにちは、お馬さん。あなた、どこから来たの?」
――どこかのお屋敷から逃げ出して、迷いこんできたのかしら。
見たところ蹄に蹄鉄はついておらず、ケガをしているわけでも、疲れて動けないわけでもなさそうだ。
おまけに大人しくて、顔を撫でても怒らない。ずいぶんと人慣れしている。
――この子に荷車を引いてもらうことはできないかしら。
馬具なら厩舎に揃っている。
野菜や湧き水を与えて馬のご機嫌をとりつつ、試しに馬を荷車に繋いでみた。
馬は嫌がらずにフローラの指示に従ってくれる。
これならいけるかもしれないとフローラは手を叩き、大急ぎで荷物を荷車に乗せた。
「さぁ、町へ行きましょう」
翌朝、フローラは意気揚々と村を出立した。
ショールを巻いて顔を隠すこともしなかった。六年間、塔に閉じ込められていた第三王女の顔など、どうせ誰も覚えていないだろうと思ったからだ。現に村人たちも気づいていないようだし。
町の市場は活気にあふれていて、屋台や露店などもたくさんあった。
食事を提供する場合は商業ギルトに登録して、販売許可証を得る必要があるが、切り花は無許可でも販売できると町の人に教えられて、フローラはほっとした。結果、花は飛ぶように売れた。綺麗な白馬を連れていたせいもあるのだろう、男性客だけでなく、子ども連れの女性客も集まってきて、気づけば時季外れの花も完売していた。
特に人気だったのは薔薇とチューリップで、一本あたり銅貨三枚で売れた。
フローラは手にしたお金で雌鶏を二羽と鶏用の餌、野菜の種と苗、少量の小麦粉、食用油、ふくらまし粉、紅茶の茶葉、コショウ、石鹸を買った。
ついでにランバートと名付けた馬用の人参とモーリーのためにマタタビも。
花がこんなに高く売れるなんて知らなかった。観賞用としても贈り物としても人気で、見た目だけでなく、花言葉も重要なのだと初めて知った。
何も言わなくても花を贈るだけでそのままメッセージとして伝えられるからだ。
――だから真っ赤な薔薇の花がよく売れるのね。
情熱的な愛、だなんてロマンティックだけど、自分には一生縁のない花言葉だとフローラは苦笑いを浮かべる。
それよりも今は早く家に帰って、熱いお茶が飲みたかった。
――帰る家があるというのはいいことだわ。幸せな気持ちになれるもの。
塔に閉じ込められていた頃は、あんなに外へ出たくてたまらなかったのに。
ふと、町で聞いた噂話を思い出して、フローラは吹き出しそうになってしまった。
なんでも、この国には塔に閉じ込められた可哀そうなお姫様がいて、悪い王を倒して自分を救い出してくれる騎士を待っている、というのだ。
――お父様はあまり民に好かれていないみたい。
お姫様は未だ塔に閉じ込められたままだというから、父はまだ自分が逃げ出したことに気づいていないのだろう。今のところも追っ手が来る気配もないので、門番と召使が罰を恐れて、事実を隠蔽するために口裏を合わせているのかもしれない。
――どうせ私のことなんて誰も必要としていない……いてもいなくても同じなのよ。
塔にいる六年間、そのことを嫌というほど思い知らされた。
――それならそれで構わないわ。
これからは誰の目も気にすることなく、自由に生きよう。
好きなことを、好きなだけしよう。
――帰ったら、久しぶりにケーキを焼きましょう。
そしてたまになら贅沢も許されるはず。
フローラは鼻歌を口ずさみながら帰路を急いだ。




