第三話
お腹いっぱいご飯を食べて、熱いお茶を飲んで、ふかふかのベッドで眠る。
その日の晩は驚くほどぐっすり眠って、目を覚ました時にはお昼になっていた。
散歩にでも出かけたのか、近くにモーリーの姿はない。
起き上がったフローラは顔を洗い、ゆでたじゃがいもで食事を済ませると、さっそく外へ出て庭仕事にとりかかった。
食べられそうな野草は残して雑草を抜き、大きな石や小石を取りのぞく。
樹木の周りに落ちていた落ち葉は掃いて、まとめてとっておく。
子どもの頃、土に混ぜると肥料になると庭師が教えてくれたからだ。
庭は広く、草取りだけで数日かかってしまったが、フローラは幸せだった。
おかげで収穫もあった。
ジューンベリーの庭木――ぷるっとした赤い実は食べると甘酸っぱく、ジャムや果樹酒を作るのに適している――を見つけたし、納屋ではたくさんの種類の花の種と球根、枯れた薔薇の苗を見つけた。雑草に埋もれていた鶏小屋も出てきた。見たところ壊れていないようだし、綺麗にすればまだ使えるかもしれない。
そして家の中を掃除していると、床下にある収納庫を見つけた。中にはたくさんの瓶が並んでいる。
ジューンベリーのジャムに果樹酒、はちみつ、酢漬けのピクルスなどなど、長期保存できるものばかりだ。
――パンがあればもっと良かったのだけど。
欲しいものは他にもあった。
料理の使う油やミルク、野菜の苗や種、卵を産んでくれる雌鶏も。
この村に来る途中、大きな町があったので、そこなら必要なものを全て揃えられるだろう。
――でも、物を手に入れるにはお金が必要だわ。
王城にいた頃、お金の価値についてメイベルが教えてくれた。
護衛騎士のシリルと一緒に市場へ連れて行ってくれて、実際に買い物をしたこともある。
フローラは与えられたおこずかいでメイベルのために櫛を、シリルのために綺麗な髪飾りを買った。男性に女ものの髪飾りを贈るのはおかしいとメイベルには指摘されてしまったものの、「だってシリルはとても綺麗な髪をしているから」と言い張った。フローラの髪は平凡な栗色だったので、彼の髪が羨ましくて仕方なかったのだ。
プラチナブロンドの髪に淡い水色の瞳をしたシリルは当時十七歳、最年少の騎士だった。まだ若く、人形のように整った顔立ちから、お飾り騎士だと陰口を叩かれていたが、本人は気にしておらず「私は親のコネで王女付きに選ばれましたので」と開き直って堂々としていた。末っ子とはいえ、彼は宰相の息子なので、それもありえる話だとメイベルは笑っていた。
――シリル……今ごろどうしているかしら。
実を言えば、フローラは彼のことが苦手だった。
騎士のくせに妙に斜に構えていて、相手が子どもだろうと王女だろうと構わず意見してくる。「背筋が曲がっていますよ、殿下」「もっとおしとやかになさってください、殿下」「話をする時は相手の目を見てしっかり話してください。殿下がびくびくしていては、私たちまで見下されてしまいます」などなど。
――口うるさいところは、メイベルといい勝負だったわ。
頭が良く要領のいい彼のことだから、塔に閉じ込められた王女のことなどとっくに忘れて、騎士の道を邁進していることだろう。特に第二王女が彼のことを気に入っていたようだから、今ごろは第二王女付きの護衛騎士になっているかもしれない。
足元にすり寄って来たモーリーを抱きしめながら、「過去は忘れて、前を向かなきゃ」と自分に言い聞かせる。
もう王女ではないのだから、これからは自力で生きていかなければ。
「とにかく今は、お金を稼ぐ方法を考えないと」
けれどすぐには思いつかず、フローラはこれからのことを考えつつも、日々の暮らしを整え、庭いじりに没頭した。
たまに近くに住む村人がやってきて、
「あんた、メイベルさんとこの娘さんかい?」
と不思議そうに庭をのぞき込んでくるので、その時は心臓が止まりそうなほど驚いた。塔に閉じ込められてからというもの、唯一の話し相手が猫のモーリーだけだったので、人間が相手だとひどく緊張してしまう。ドキドキしながら「はい、そうです」と答えると、
「ここらへんはよく山から獣が下りてきて、庭や畑を荒らすから困ってるんだ。あんたも気を付けるんだよ」
それは知らなかった。
けれどこの家に来てからというもの、野生動物を見かけたことは一度もない。
猫のモーリーがいるせいだろうか。
今のところ庭に埋めた花の種や球根も無事だった。
「そんなら、メイベルさんによろしくな」
どうやらメイベルが病死したことを村人たちは知らないようだ。
あえて教える必要もないので、フローラは黙っていた。
村に住んでいるのはお年寄りばかりとはいえ、女の一人暮らしは物騒である。
フローラは納屋で見つけた男物のブーツと雨よけの羽織ものを見つけると、外から見える位置にそれを置いた。
すると不思議なことが起きるようになった。
雨の日になると、なぜかたまにブーツと羽織ものが消えているのだ。
おまけに、村人の一人がひょいっと顔を出して、
「話は聞いたよ。まだ若いのにしっかりしてるねぇ。これ、よかったら二人で食べな」
そう言って、野菜やミルク、小麦粉を少しと、卵をわけてくれた。
最初は気味悪く思って手をつけなかったが、村人たちは自分のことをメイベルの娘だと思い込んでいるようだし、ここが愛する乳母の故郷であることを思い出して、ありがたく頂戴することにした。
早速、小麦粉を使って薄焼きのパンと目玉焼き、野菜のスープを作った。
パンはジャムやはちみつをたっぷり塗って食べたり、塩気の強いスープに浸して食べてもおいしかった。
モーリーも久しぶりのパンにがっついて、機嫌よさそうに喉を鳴らしていた。
瞬く間に月日は流れ、気づけば庭のいたるところで花が咲いていた。薔薇やチューリップ、アネモネ、ダリア、ガーベラにデイジーといった色とりどりの花が、季節や時期を無視して、一斉に咲き乱れている。
「まぁ、なんて綺麗なの」
その光景にうっとりと見とれながら、フローラの脳裏にある考えが閃く。
「この花を売ったら、お金になるかしら」




