第二十四話
話が終わり、奥の部屋から出てきたジェーンは、玉座の間に近衛騎士たちを集めると、
「陛下より大切なお話があります、心して聞くように」
すぐ後ろでぼんやりと立っていた王はジェーンに呼ばれてハッとしたように前に出ると、しばらく不思議そうな顔で騎士たちの顔を眺めていたが、ジェーンに耳元で囁かれ、まるで夢から覚めたかのような顔をして口を開いた。
「第三王女フローラ・イリアス・ハナメイの件で、命令を撤回したい。もう一度言う、命令を撤回する。あれには利用価値がある。けして手出しせぬよう」
投獄されていた宰相もただちに解放され、フローラが閉じ込められていた塔は近日中に取り壊されることに決まった。
姉たちのおかげで、フローラは事なきを得たのだ。
しかし後日、
「陛下のあのお変わりようはなんだ?」
「貴殿も不思議に感じたか? 俺もだ」
「第三王女の暗殺命令を取り消されただけでなく、命令に背いた白騎士もお咎めなしとは」
この件に関して、疑問を抱く者も少なくなく、
「まさかとは思うが、ジェーン様が陛下に対し、能力を行使されたのでは?」
「口を慎め。ジェーン様に限ってそんなことがあってたまるか」
「ああ、そうだな。ロレイン様ならともかく……」
騎士の間で、噂はたちまち広がるものの、
「事の真偽はともかく、結果的にはこれで良かったのではないか?」
「そうだな、それはそうだ」
「騎士が女子どもを手にかけるなど、あってはならぬこと」
「ジェーン様は正しいことをなされた」
「黙れ馬鹿者、まだジェーン様がやったとは決まっていないだろう」
「だが、それ以外にこの状況をどう説明する?」
陰で議論は続いたが、やがて騎士たちは口を噤み、見て見ぬふりをすることに決めた。
なぜなら誰も、第三王女の死など望んではいなかったからだ。
***
「シリルは見つかった? 彼はどこにいるの?」
「まだ見つかっていないわ、うまく隠れているみたい。まるで足取りが掴めないそうよ」
「侍女たちの話だと、近衛騎士たちと激しくやりやって怪我をしてるみたいだから、そう遠くへは行けないはず……ああ、そんな顔をしないで、フローラ。きっと大丈夫よ」
優しい姉たちに慰められながらも、フローラは落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。
依然として行方知れずのシリルのことが心配でたまらない。
そんな妹の姿を観察するように眺めていたロレインが「フローラも大人になったものねぇ」としみじみとつぶやく。
「ジェーン、見てよ。フローラったら恋をしているわ」
「馬鹿なことを言わないで。この件が落ち着いたら、フローラをミセラの大使に紹介するつもりなんだから」
「……フローラをミセラの王室へ嫁がせるつもり?」
「問題が解決するまで五年かかるか、十年かかるかはわからないけれど、ゆくゆくはね」
優雅にお茶をすすりながらジェーンは言う。
「あの子の幸せのためだもの。それにミセラとの繋がりも強固なものになるし」
「ですってよ、フローラ」
二人の会話を聞いていたフローラは慌ててジェーンのところへ行くと、
「ごめんなさい、お姉様。それはできないわ」
「どうして?」
「どうしてもよ」
それでは答えになっていないと眉を顰めるジェーンに、
「あたたっ、急にお腹が――」
タイミングを見計らったようにロレインが騒ぎ出す。
「ジェーンっ、大変っ。産まれるっ、産まれるわっ」
するとこれまで何事にも動じず、父王の前でもまったく顔色を変えなかったジェーンが、
「産まれるのっ? ロレインっ」
顔色を一変させた。
顔面蒼白といった表情で、席を立つ。
この手のことに慣れていないジェーンは慌てふためき、
「すぐに使者を送って皇帝陛下にご連絡を――いいえ、その前にソフィア大公妃にお知らせしたほうが……」
落ち着かない様子でうろうろし始めた。
そんな姉の姿に内心ロレインは呆れつつも、
「早く医師を呼んできてちょうだい。さもないとこの場で未来の皇帝陛下を産み落としかねないわよ」
「そ、そうね。待ってて、すぐに連れてくるから」
人を使って呼びに行かせればいいものを、ジェーンは混乱のあまり自ら部屋を出ていく。
ジェーンがいなくなった途端、ロレインは痛がるふりをやめて立ち上がると、
「今のうちにここから逃げなさい、フローラ」
扉のほうを指差して告げる。
「ほら、早くしないとジェーンが戻ってくるわよ」
「……でも、そんなことをしたらロレインお姉様に迷惑が……」
「私のことは気にしなくてもいいの。お父様も言っていたでしょ。私はもうこの国の人間ではないのだから、誰も罰することなんてできないわ」
だからこそ好きにやらせてもらうと開き直るロレインに、
「ありがとう、ありがとう、お姉様」
フローラは感謝の言葉を口にしながら、部屋を飛び出して行く。
それから長い廊下を過ぎ、階段を降りて、また長い廊下を走る。幼い頃の記憶を辿りながら、見張りの兵士たちに見つからぬよう秘密の抜け穴を使って王城を抜け出し、フローラは走り続けた。
やがて広い庭に出ると、
「にゃー」
茂みから飛び出してきた猫に行く手を阻まれてしまう。
白い毛並みに水色の目をした猫――モーリーだ。
「モーリー、どうしてあなたがここに?」
まさか村からずっと付いてきたのだろうか。
馬車の中に忍び込んで。
なんだかピンとくるものがあり、フローラはしゃがみこんでモーリーと目線を合わせると、
「シリルの命令ね? そうでしょ? できる限り私のそばを離れないよう……私を守るよう、彼に命令されているんだわ」
けれどモーリーに反応はなく、眠たそうな顔で顔を洗っている。
そんなモーリーにしびれを切らしたフローラは、
「シリルのところへ案内して。あなたにならできるはずよ」
顔の前で手を叩いて注意を引くと、「さぁ、行きなさい」とモーリーを急かす。
「さもないと舌を噛むか、その辺の石に頭を打ち付けて死ぬわよ。いいの?」
この脅しが効いたらしく、モーリーはしぶしぶ動き出した。
最初は小走りだったものの、徐々に速度を上げて走り出し、フローラも必死になってあとを追いかける。
するとまもなくしてモーリーは足を止めると、
「姫様、ご無事でしたか」
ランバートを連れたレイノルズが現れた。
王城の外で待っていたらしい。
てっきりシリルのところへ案内してくれると思ったのに。
がっかりした気持ちが顔に出ないように気を付けつつ、
「迎えに来てくれたのね、レイノルズ」
「はい、急ぎ姫様にお伝えしたいことがございましたので」
「村で何かあったの?」
「実は……」
不安に駆られて訊けば、レイノルズは暗い表情を浮かべて話し出す。
話が終わるや否やフローラはモーリーを抱きかかえ、ランバートに乗って駆け出していた。




