最終話
「先ほど意識を取り戻したのですが、またすぐに眠ってしまわれましたわ」
王都を出て、フローラはセント村に戻ってきていた。
そこにシリルがいるとレイノルズが知らせてくれたからだ。
「……一体いつからこの状態なの?」
まっすぐ自宅へ帰り、二階のベッドで寝かされているシリルのそばに立ってフローラが訊ねると、
「姫様がお立ちになった日に、馬や鶏があまりにも騒ぐので様子を見に行きましたら。そこにシリル殿が倒れていたのですわ、血だらけで」
その時のことを思い出したのか、メイベルの声は恐怖で震えていた。
レイノルズがすぐさま応急処置をし、知り合いの医者を連れてきてくれたおかげで、大事には至らなかったという。
「安静にしていればいずれ起きられるようになりますわ」
状況を説明しつつ、メイベルはすばやく包帯を取り換えると、
「フローラ様も移動続きでお疲れでしょう? お茶を淹れますから、下で待っていてください」
「私は平気よ。それより彼のそばにいたいの。ここにいてもかまわない?」
「……ええ、もちろん、かまいませんわ」
するとしばらくして、メイベルがお茶の支度をして二階まで上がってきてくれた。
「お疲れでなければ、王都での出来事を話してくださいませ」
フローラは包み隠さず、メイベルに事の全てを話して聞かせた。
もっともジェーンが力を使ったことだけは秘密だが。
メイベルは何度も「良かった、良かった」と涙ながらに喜び、
「きっと成長されたフローラ様を見て、陛下もご自分の過ちに気づかれたのですわ」
「……そうだといいけれど」
事実を話せない罪悪感から、フローラは苦笑いを浮かべて視線をそらす。
「シリル殿も、もう逃げ隠れせずに済むと?」
「ええ、お父様である宰相閣下もご無事よ」
「あたくしのほうでもフローラ様にご報告がありますわ」
第一王女と帝国の皇后が村を訪れたことで、フローラの正体が村人たちにバレてしまったらしい。
情報源はもちろん村長で、フローラは今や村人たちに聖女扱いされているとのこと。
「これでもう、フローラ様のことをみそっかす王女などと呼ぶ輩はいなくなりますわ」
またもや苦笑いを浮かべるフローラに、メイベルはさらに訊ねる。
「フローラ様は、これからどうなされるおつもりですか?」
「私は……」
ちらりと眠っているシリルを見下ろすと、「まだわからないわ」と正直に答える。
「ただ今は彼のそばにいたいの」
そんなフローラを見て、メイベルは「ふふふ」と笑うと、
「フローラ様の言う通りでしたわね。シリル殿は戻ってきましたわ、この村に……フローラ様の元へ」
***
それからシリルは昏々と眠り続け、翌日の昼過ぎまで目を覚まさなかった。
彼が目を覚ました時、たまたまフローラはそばにいて、
「シリル、急に動かないで。ここは安全だから」
混乱する彼をベッドに押しとどめると、その手を強く握りしめる。
それでも動こうとする彼を上から押さえつけると、
「よく聞いて、シリル。全部終わったの。もう逃げ隠れする必要はないのよ」
「……フローラ、様?」
これまで焦点の合わなかったシリルの目がフローラをとらえた。
彼はふっと力を抜くと、ゆっくりとベッドに沈み込み、
「フローラ様、申し訳ありません、俺はとんでもない失態を犯しました」
「いいえ、失敗なんてしていない。きっかけをくれたのは貴方だもの。お父様は許してくれた。考え直してくれたの」
訳が分からないといった顔をするシリルに、フローラは根気強く同じ言葉を繰り返す。
「だから動かないで。じっとしてなさい。安静にしていないと、治るものも治らないわよ」
長く一緒にいたせいか、ロレインの口調が移ってしまった気がする。
彼女が自分にしてくれたように、優しく頬を撫でて髪に触れると、なぜかシリルは固まって動かなくなってしまった。そのまま額と首すじに触れて熱がないことを確認するが、彼の頬に赤みが差していることに気づいて、
「やっぱり熱があるみたい」
慌てて窓を開けて、室内に外の風を入れる。
「ずっと眠っていたからお腹がすいてるでしょ? スープをもってくるわ」
寝起きだからか、シリルの目は潤み、どことなくぼんやりしていた。
まるで夢でも見ているような顔で、忙しく動き回るフローラを眺めている。
「はい、あーんして」
「……殿下、自分で食べられます」
シリルが食事をしているあいだ、フローラは彼に、これまでの出来事を話して聞かせた。
話が終わると、おもむろに切り出す。
「塔の中にいるあいだ、モーリーの存在にはとても救われたわ。現に毒蛇から私を守ってくれた。そう、貴方が命令したのでしょう? シリル」
彼は決まり悪そうにフローラを見たが、何も言わなかった。
かまわずフローラも続ける。
「ランバートはレイノルズの馬だけど、馬が私に従うよう、命令したのは貴方ね」
「……はい、殿下」
今度はあっさりと認める彼に、
「その呼び方はやめて。フローラでかまわないわ」
「ですがもう、貴女は町の花売りではありませんので」
「これまで私に優しくしてくれたのはレイノルズのせい? 彼に殴られると思ったら?」
「あの人のことは信頼していますし、尊敬もしていますが、恐れてはいません。野生動物は気配と匂いに敏感です。俺ならあの人がどこに潜んでいても見つけられる」
淡々としつつも、その力強い答えを聞いてフローラは微笑むと、
「動物を操る力が貴方のギフトだものね」
「はい、殿下」
「もう一つ教えて欲しいのだけど、貴方の好きな人というのは誰なの?」
すぐに答えないシリルに、
「臆病で、口下手で、なのに人に言うことをまるで聞かない強情な人なのでしょう?」
「……よく覚えていますね」
「貴方がそんな嘘をつくなんて思いもしなかった。騙されたわ」
どうせ私に対するあてつけでしょ? と唇を尖らせるフローラに、
「嘘が本当になることもあるんですよ」
と彼は困ったように告げる。
「それはどういう意味?」
「ご自分で考えてください」
突き放すような言い方をされて、また子ども扱いされていると感じたフローラは頬を膨らませて窓の外へ視線を向けると、
「外はこんなにいいお天気なのに、今日は一度も外へ出ていないわ。今日だけじゃない、貴方がここへ来てからずっとよ」
「……どうしてですか?」
「どうしてだと思う? 自分で考えてみて」
やり返すと、なぜか彼は嬉しそうに笑う。
「でしたら一緒に外へ行きましょう」
「私は構わないけど、貴方はダメよ。動き回って傷口が開いたらどうするの?」
「日光浴をするだけです。外へ出たらじっとして、動かないようにしますから」
念のためにレイノルズとメイベルに許可をもらい、彼を外へ連れ出す。
言葉通り、庭先にある長椅子に腰掛けると、彼はそこから動かなかった。
おそらく暇なのだろう。
外へ出た途端、土いじりを始めたフローラのことをじっと見つめているので、
「本でも持ってきましょうか?」
「必要ありません、どうぞお気遣いなく」
遠慮しているのかと思い、シリルのために数冊の本と飲み水を用意すると、フローラは久しぶりに庭仕事に専念した。
ある程度作業を終えて顔を向けると、相変わらずシリルがこっちを見ているので、
「日光浴は終わりよ。もう部屋に戻りましょう」
本当はベッドで休みたいのに、フローラのために無理をしているのかもしれない。
彼の身体を気遣い、いそいで作業を切り上げると、
「さぁ、立てる?」
彼に手を貸そうとしたフローラだったが、自身の手が土で汚れていることに気づいて、
「ちょっと待っててくれる? 洗って綺麗にしてくるから」
そんなフローラを引き留めて「貴女の御手に触れることをお許しください」とシリルはつぶやくと、おもむろに跪いてフローラの手に口づけた。
フローラは驚きのあまり固まってしまうが、やがてシリルの口元を見ると、
「やだわ、土がついてる」
ふっと笑い、持っていたハンカチで彼の口元を拭う。
「馬鹿ね、急にどうしたの?」
「恋をすると、人は馬鹿なことをするものです」
熱に浮かされたように彼は言う。
これまで不可解だった彼の行動が、その一言で説明がつくと言わんばかりだ。
「だったら、私の答えを聞きたい?」
首を横に振ったり縦に振ったりする彼に「どっちなの?」と呆れつつ、
「もういいから、目を閉じて」
判決を待つ囚人のような顔つきでシリルは目を閉じる。
直後、フローラは言葉でなく行動で彼に好意をしめした。
昔々、あるところに塔に閉じ込められた可哀そうなお姫様がいました。
王女らしくないからという理由で閉じ込められたお姫様は、なんとか城から逃げ出し、とある村に身を隠します。
女神様から授かった特別な力と美しい心で、村人たちから尊敬を集め、愛されるお姫様でしたが、このことに腹を立てた王様によって、命を狙われてしまいます。
そんなお姫様を救ったのは二人の勇敢な姉姫と美しい白騎士でした。
姉姫たちの説得によって王様は考えを改め、もう二度とお姫様の命は狙わらないと誓います。
そんな彼女たちを守るために戦った白騎士は大怪我をして動けなくなってしまいますが、お姫様の看病のおかげで一命をとりとめました。
「私のためにどうしてそこまで……」
「恋は人を愚かにするものです」
お姫様は騎士の求婚を受け入れると、二人は口づけをかわしました。
こうしてお姫様と白騎士は結ばれ、数々の試練を乗り越えながらも、末永く幸せに暮らしたということです。
めでたしめでたし。
おしまい
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