第二十一話
フローラは朝から張り切っていた。
「シリルが戻るまで、メイベルと爺や、三人で暮らすのよね? だったらもっと畑を広げないと。お花も、もっと売らないといけないわ。安心してちょうだい。これまで二人にはお世話になりっぱなしだったから、今度は私の番。責任をもってお世話するわね」
即座に「わかりました、姫様の世話になりましょう」と答えるレイノルズとは違い、
「自分の面倒くらい自分で見られますわ。ですが、せっかく育てた花を無駄にするわけにはいきませんし、町にあるあたくしの店で売りましょう」
「まぁ、メイベルがお店をもってるなんて知らなかったわ」
「町はずれにあるしがない雑貨店ですわ。退職金の使い道がなかったものですから」
レイノルズは庭仕事や畑を広げる手伝いをすると言い、三人で今後の計画を練っていく。
それから村長宅へ行き、挨拶がてら事情を説明してくると言って家をあとにしたメイベルだったが、
「まぁ、なんてことでしょうっ。フローラ様っ、フローラ様っ」
恐ろしい顔をしたメイベルに呼ばれて、フローラは隠れたい衝動をこらえつつも素直に出ていく。
「どうしたの、メイベル」
「あたくしが貴族のお手つきだなんて、誰が村長にそんなデタラメを言ったんです? フローラ様ですか?」
いいえとんでもないとフローラはかぶりを振ると、
「私の能力を知った村長さんが勝手に誤解したのよ。だってほら、この村では、私はメイベルの娘だってことになっているから……」
メイベルは怒りを鎮めるように長い息を吐き「なるほど、そういうことでしたか」とつぶやく。
「フローラ様は養女だと……さるお貴族様からお預かりしている大切な娘さんだと訂正してきましたが、信じてくれたかどうかは怪しいところですわね」
小さな村ではお喋りや情報交換も娯楽の一つなので、噂話はあっという間に広がる。
もっとも村長に悪気はなく、フローラがずっとこの村にいることを望んでいるそうだが。
不貞を疑われて落ち込んでいる様子のメイベルに、なんと言葉をかけるべきかフローラが悩んでいると、
「姫様、こちらにおられましたか」
肩に伝書鳩をのせたレイノルズが足早に近づいてきた。
「大変なことになりました、つい先ほど、王都の知人から知らせがきたのですが、国家反逆罪で宰相閣下が投獄されたそうです」
ハッと息を飲むメイベルの横でフローラは即座に訊いた。
「シリルは無事なの?」
「分かりません、行方不明です」
おそらく宰相が逃がしたか、近衛騎士たちに追われて、身を隠しているかもしれないとレイノルズは話す。
「陛下は、姫様に対するお考えを改める気はないようだ」
それにしても、長年尽くしてきた臣下に対して、この仕打ちはあまりにもひどすぎると嘆くレイノルズに、
「レイノルズ、貴方にお願いがあるの。今から手紙を書くから、誰にも見つからないように届けてくれないかしら?」
透明になれるレイノルズにしかできないことだと判断して、フローラは続ける。
「村長さんにも協力してもらって、嘆願書を作るわ。私が死んでしまったら、誰かに村を守ってもらわないと」
うまくいくかはわからないが、シリルや宰相、レイノルズやメイベル――彼らを救いたい一心で、フローラは覚悟を決める。
「しかし姫様……」
「お願いよ、レイノルズ。行ってちょうだい。どれほど貴方が強くても、一人で同時に大勢の人たちは守れないでしょ?」
彼は唸るような声を上げると、やがて観念したように口を開く。
「分かりました、どちらに?」
***
「手紙や嘆願書なんていうものは、毎日たくさん送られてくるものなの。いちいち目を通していたらきりがない。それだけで一日が終わってしまうから」
けれど彼女は来てくれた。
王位継承権第一位ジェーン・ローザ・カトリーネ。
六年前よりもさらに背が伸び、顔立ちもすっきり整って、今や立派な大人の女性である。
高く結い上げた豊かな長い髪と、凛と伸ばされた背筋、厳しい面立ちや頑固そうな口元が父王に負けずおとらずの風格を漂わせている。
「まさかお姉様が自らお越し下さるなんて思いもしなかったわ」
「可愛い妹のためだもの」
そう言って姉は、フローラを見下ろして目を潤ませる。
「貴女を塔に閉じ込めたのは教育の一環だと父に教えられたわ。勉強嫌いな貴女を逃がさないためだと……でも、違ったのね」
塔で過ごした六年間の出来事はジェーン宛の手紙に全て記してある。
料理以外は何もさせてもらえず、ただひたすら父に許しを請う日々だったと。
「塔で給仕をしていた召使と門番はすでに捕らえたわ。貴女の言葉が嘘ではないという証言もある。でも貴女の能力に関しては、この目で確かめないと」
だからこそ非公式で視察に来たのだとジェーンは説明する。
言われてみれば確かに王女が乗る馬車にしては小ぶりで、お供の数も控えめである。幸い、近衛騎士たちの姿もない。
護衛はいることにはいるが、よく見ればこの国の騎士ではないようだ。
「極力目立たないようにしてきたつもりだけど、ごめんなさい、フローラ。どういうわけか、彼女まで付いてきてしまって」
直後にジェーンの後ろから顔を出した小柄な女性は、きょとんとするフローラに向かって微笑みかけた。
ハッと息を飲むような美貌、どんな相手でもたちどころに虜にしてしまうような魅力的な笑みと笑い声。
「久しぶりね、フローラ。会えて良かった。ちょうど里帰りしていたところなの。そろそろ三人目が生まれてくる頃だから」
リーン帝国皇后ロレイン・マリア・ヘレーネ。
六年前よりも遥かに大人びていて、美しさにも磨きがかかっている。王冠のような濃い金髪に手入れの行き届いた白い肌、腹部が膨れている以外では体形の変化もなく、大人になった今でも少女のような愛くるしい笑顔を浮かべている。
だからこの場にリーン帝国の騎士がいるのかとフローラは納得した。
「里帰りなんて白々しい。どうせソフィア大公妃から逃げるための口実でしょ」
「あれだけしょっちゅういじめられたら、誰だって逃げ出したくもなるわよ。マキシ様が私に夢中だから、面白くないみたい」
要するに嫉妬よ嫉妬、と唇を尖らせるロレインに、ジェーンは「はぁ」とため息をつく。
「身重だから城で安静にしていないさいとあれほど言ったのに、どうして付いてくるのよ」
「だって面白そうじゃない」
茶目っ気たっぷりに答えつつ、
「それにフローラのことは私も気がかりだったし。ジェーンに無理なら、私がフローラを助けてあげるつもりよ。一緒に帝国へ連れていくわ」
つい冗談だと思って愛想笑いを浮かべるフローラに「私は本気よ」とふいに真面目な顔でロレインは言う。
「リーン帝国にいれば、さすがのお父様も手は出せないわ。毒蛇を使って娘を暗殺しようなんて考えないでしょう」
ロレインっとジェーンは慌てたような声を出すが、
「だってそうでしょう? 王城の庭に毒蛇なんていないもの。見つけ次第すぐに駆除されるわ」
「お父様が故意に毒蛇を放ったとでも言うつもり?」
「そうよ。そうとしか考えられない。毒蛇は暗殺の手段として帝国でもよく使われる手だもの」
強い口調でロレインは続ける。
「あのまま塔にいたら、フローラは間違いなく殺されていたわ」
二人の会話を聞いて、訳が分からないといった顔をするフローラだったが、
「……でも、見つけた時には蛇は死んでた。モーリーが退治してくれたから」
「モーリーって?」
「塔で飼われていたの、白い毛並みに水色の目をしたネズミ捕り用の猫よ」
ジェーンは不思議そうに首を傾げると、
「王城で飼われている動物の中に、水色の目をした猫なんていないわ」
「間違いない? ジェーン」
「ええ、確かにネズミ捕り用の猫はいるけど……野良猫が紛れ込んだのかしら?」
しきりに首を傾げる三人だったが、
「ともかく、まずはこの村を案内してちょうだい、フローラ。貴女の能力がどの程度使えるか、確かめさせてもらうわ」




