第十八話
たまらずメイベルの身体に抱き着いたフローラは、その温もりを感じて泣き出してしまう。
「ああ、信じられない。幽霊じゃないのね」
死んだと聞かされていた乳母が目の前にいる――生きていたのだ。
驚きと喜びのあまり子どものように泣きじゃくるフローラの背中を、メイベルは優しく撫ぜてくれた。
「あたくしが死んだなんて……誰がそんな嘘を?」
「召使よ。私が何度もメイベルに会わせてと頼んだから……」
「そうでしたか」
高い塔が完成し、フローラと引き離された直後、お役目御免とばかりに仕事を解雇されたメイベルは、王城を追い出され、家族のいる家に戻ったという。それでもフローラのことが心配で、何度も王城へ足を運んだのだが、そのたびに追い返されてしまったそうだ。
「今だから言えますが、陛下のやりようはあまりにも横暴です。あたくしも、殺されないだけマシだったのかもしれません」
道理でいくら叫んでも助けに来てくれなかったわけだ。
フローラは涙をぬぐうと、笑顔を浮かべて言った。
「この庭を見て、メイベル。みんな私が育てたのよ」
「まあまあ、なんて美しいこと」
メイベルは優しく目を細めて庭を眺めると、
「ここはまるで楽園ですわね。フローラ様のおかげで亡き両親もあの世で喜んでいますわ」
涙ながらに褒められて、なんだか照れ臭くなってしまう。
今さらながら手が土で汚れていることに気づいて、咄嗟に後ろに隠したフローラだったが、
「もしかして、あたくしに叱られると思っているのですか?」
そのことに気づいたメイベルはおかしそうに笑う。
「あたくしの仕事はもう終わりました。今さら大人になったフローラ様を叱りつけたりしませんわ」
それを聞いてホッとした。
「さあさ、よく顔を見せてください。あたくしの小さかったお姫様が、こんなに大きくなって……」
まじまじと見つめられて、フローラはえへんと胸を張った。
「どうかしら、あまり鏡を見ないから分からないのだけど、美しく成長しているでしょ?」
「美しい……というよりは明るく健康的な感じですわね。お化粧をしてもう少し身なりを整えれば見られるようになりますわ」
根っから生真面目で嘘がつけないメイベルは言葉を濁す。
そんなメイベルに「シリルは美しいと言ってくれたわ」とフローラは唇を尖らせるものの、
「シリル殿の美の基準はあたくしにも分かりかねます。ご自身があれほど整っていらっしゃるから、他人に対しては少し緩いのかもしれませんわ」
ひどい言われようである。
それよりもシリルの名前を出してもまるで驚かないメイベルに、
「私がこの家に隠れていること、シリルから聞いたの?」
いいえと彼女はかぶりを振ると、
「どうか怒らないでくださいませね。実は以前から知っておりました」
秘密を打ち明けるような口調でメイベルは口を開いた。
「近所に住む住人が手紙で知らせてくれたんです。空き家に人が住みこんでいると。それで慌てて村に来てみたら、姫様が畑で楽しそうに土を耕しているではありませんか。しばらく隠れて様子を見ていたのですが、お一人でも大丈夫そうでしたので、村長に『娘のことを頼みます』と言って家に帰りました」
それでも雨の日は土砂崩れが起きないか心配で、ちょくちょく様子を見に来ていたらしい。
雨の日になると、たまにブーツと羽織ものが消えていたのはこのせいだったのかとフローラは納得した。
「……近くにいたのなら、どうして声をかけてくれなかったの?」
恨みがましい目で見やると、メイベルはすっと背筋を正し、
「あたくしがそばにいることは、フローラ様のためにならないと判断したからですわ。王城から逃げ出した以上、フローラ様はもうこの国の王女様ではありません。成人されたのであれば結婚するか、ご自分の力で生きていかねばなりません」
だからこそ心を鬼にして遠くから見守っていたというが、
「ですが状況が変わりました。まさか陛下がフローラ様を……この先は口にしたくもありません」
怒りのあまりメイベルは声を震わせる。
「シリル殿がわざわざあたくしの家まで来て、事情を説明してくれました。あたくしの主人は商いを生業としているので、町にも別宅がありますの。そこへシリル殿が訪ねてこられた時は本当に驚きました。おそらく村長に聞いたのでしょう」
そうだったの、とフローラは小さくつぶやく。
それならそうと事前に話してくれればいいのに、シリルも人が悪い。
「お一人でさぞ心細かったでしょう?」
心配されて「私なら平気よ」とフローラは笑って強がってみせる。
「だからメイベルも行って……どこかへ隠れていてちょうだい。私と一緒にいると、貴女にまで危険が及ぶわ」
それなら大丈夫だとメイベルは微笑んで言った。
「心強い護衛を連れてきましたもの」
それからおもむろに馬車のほうへ振り返ると、
「話は終わりました。どうぞこちらへいらしてください、レイノルズ様」




