第十六話
「……とりあえず作業に戻りましょう。今は村の守りを固めるべきです」
話は終わったとばかりに踵を返す彼に「待って」とフローラは声をかける。
「まだ私の質問に答えていないわ」
「確かに俺は貴女のことが苦手でした。まさか騎士になって初めての仕事が子どものお守りだとは思いもしませんでしたから」
シリルは遠慮なく答えると、「俺は五人兄姉の末っ子なので」と付け加える。
彼には兄が二人と、他家に嫁いだ姉が二人いるらしい。
フローラに出会うまで、自分よりも年下の相手をしたことがなかったのだそうだ。
「ですから初めは戸惑いましたし、不満もありました。ようするに子どもだったんです、俺も」
再び歩き出したシリルのあとを、フローラも小走りでついていく。
穏やかに話す彼の声に耳を傾けながら「答えになっていないわ」とフローラはつぶやくものの、
「フローラ、町で貴女を見かけた時は驚きました。俺の記憶の中では、貴女は幼い姿のままだったので」
それを聞いて、なぜかムッとしてしまう。
シリルはその時十七歳、当時は今の私より年下だったくせに……と思いつつも、黙っていた。
「誰にも頼らず、自分の足で立つ貴女を見て、人違いであればいいと思ったこともあります。ですがどんなに美しく成長していても、貴女は貴女でした」
訳が分からないといった顔をするフローラだったが、シリルの足はどんどん速くなっていき、
「おーい、シリルさんっ、ちょっと来てくれ。話がある」
やがて呼びに来た村長に連れられて、どこかへ行ってしまう。
一人になったフローラは混乱する頭で、懸命に考えていた。
このままこの村にいていいのだろうか、けれど逃げたところでシリルなら簡単に自分を見つけ出してしまうだろう、そもそも彼のことを信用していいのか?
――これまで散々助けてもらっておいて、今さら彼を疑うの?
フローラは泣きたくなって、その場に蹲ってしまう。
子どもの頃から自分を守ってくれた近衛騎士たちに命を狙われることになるなんて、想像もしていなかった。
父はそれほどまでに自分を厄介払いしたいのだろうか。
母や姉たちは、そのことをどう思っているのか。
――こんなところでじっとしていても仕方ないわ。今は自分にできることをしないと。
フローラは立ち上がると、再び害獣避けの柵の周辺に植物を植え始めた。
今度はドクダミではなくつる性の植物、クズである。
成長が早く丈夫で、冬でも枯れない。
食用としても薬用としても使える上に、馬や牛の飼料にもなるからだ。
――葉っぱはおひたしにして、根っこはオーブンで焼いて食べればいいわ。
ランバートも喜んで食べてくれるだろう。
花が咲いたら摘み取ってお茶にすればいい。きっと甘くて飲みやすいはずだ。
――気持ちを強く持たなくちゃ。私がいなくなったら、誰がモーリーたちの世話をするの?
そう自分を奮い立たせて、フローラは植物を植え続けた。
やがてシリルが戻ってくると、
「今日はかなり作業が進みましたね」
感心したように言い、フローラに向かって手を差しのべる。
村長婦人がお茶とお菓子を用意してくれているので、休憩しようと彼は言った。
けれどフローラが座り込んだまま、じっと彼の手を見つめているので、
「……まだ俺のことが嫌いですか?」
驚いて顔を上げると、彼は弱り切った顔で手を引っ込めていた。
「どうしてそう思うの?」
「俺はもとより、子どもに好かれる性質ではないので……」
「私はもう子どもじゃないわ」
フローラはムッとして立ち上がり、
「それに、私は貴方のことを嫌ってなんかいなかった。嫌われていると分かったから、私も嫌いだと返しただけよ」
怒った勢いで詰め寄ると、シリルは困ったように後ろに下がった。
「でも、今の貴方のことは嫌いじゃないわ。私のことを尊重してくれて、気遣ってくれてるもの。何より、危険を知らせてくれた。守ってくれてた」
そのことに関しては感謝の言葉もないと、フローラは彼の手をとって言った。
「この恩はけして忘れないわ。王女として報いることはできないけれど、いつか必ず返すから」
シリルは信じられないものでも見るように繋いだ手を見下ろしていたが、
「……ですがまずは、生き延びる方法を考えないと」
それもそうだと思い、フローラは手を離すと、ため息をついた。
「私もロニーみたいに、貴方に剣を習おうかしら」
「それはやめたほうがいいと思います。付け焼刃はよくありません」
それに、と彼は付け加える。
「ご自身を鍛えなくても、貴女には心強い味方がいるじゃありませんか」




