第十五話
魔物を倒したその日からシリルは村長宅の下宿人として村に滞在することになった。といってもシリルはたいてい外にいて、魔物がいないか村を巡回したり、農作業を手伝ったり、ロニーに稽古をつけたり、柵の周辺に生えている雑草を刈り取ったりと、常に忙しく動き回っていた。
近くで魔物や熊の出没情報があっても、村に侵入する前にシリルが退治してくれるので、村人たちは安心して夜を過ごせるようになった。
そしてシリルが村に来てからひと月が過ぎた頃、
「村人たちが驚いとる。先月に比べて害獣の被害がかなり減ったそうだ。これもあんたのおかげだよ、シリルさん」
村長に涙ながらに感謝されたシリルだったが、
「それは俺の力ではありません。彼女のおかげです」
増えすぎたドクダミを慌てて間引きしているフローラを見て、シリルは断言する。
このひと月でドクダミは爆発的に繁殖した。
ただでさえ丈夫で繁殖力の強い植物が、フローラの緑の手によって、その力をパワーアップさせたからである。
「さすがに鳥の侵入を防ぐことはできなかったようですが……」
村長は興奮冷めやらぬ様子で、あらためて壊れたままの柵を見、続いて白い花で埋め尽くされた地面を見ると、
「わしもこの目でフローラさんの庭を見た時は信じられんかった」
それと同じことがこの村で起きていると考えていいのかと詰め寄る村長にシリルは「はい」と頷く。
「その認識で間違いありません」
「それだけじゃ分からん。説明してくれ」
「フローラは女神の祝福を受けています。だからこそ彼女は植物に愛され、守られている」
「……ギフテッドっちゅうやつか」
ギフテッド、女神に愛され祝福された特別な力を持つ人たちのこと。貴族の別称でもある。中でも王族はロイヤルギフテッドと呼ばれ――王族が必ずしも人格者とは限らないものの――唯一無二の力を持ち、国に多大な利益をもたらすといわれている。
「メイベルさんが長く王城勤めをしとったことは知っとったが、まさか貴族のお手つきとは……旦那さんは知っとるんかね? 相手は?」
シリルは決まり悪そうにこの質問を無視すると、
「フローラが育てる植物には特別な力があって、魔物や害獣を寄せ付けません。彼女が生きている限り、その効果は続きます」
「シリルさん、あんたはこのことを知っとたんか」
「実際に試してみるまで確信はありませんでした。ただロニーの話を聞いて、もしかしたら……と思っただけです」
村長はふうっと大きく息を吐くと、「これは大ごとだ」とつぶやく。
「シリルさん、あんたみたいな人がなんでフローラさんに近づいたのか、その理由がようやくわかったよ」
この国は今、魔物による農作物の被害が深刻化している。
家畜も食い殺され、庶民は物価高にあえいでいるのが現状だ。
「フローラさんをどうするつもりだね? 王城へ連れて行って、王様に……」
「それはありえません」
シリルは断言すると、
「彼女はこの村での暮らしを気に入っています。ここを離れたいとは思わないでしょう」
もの言いたげな村長を残して、シリルはフローラに近づいていく。
忙しく動きつつも、村長とシリルの会話を盗み聞きしていたフローラはドキドキして視線をさまよわせた。
「フローラ、少しのあいだ作業を止めてください。軽く散歩でもしましょう。話したいことがあります」
「……分かったわ」
フローラは立ち上がり、シリルのあとをついて歩く。
やがて勇気を出して彼の隣に並ぶと、
「シリル、貴方、本当は気づいているんでしょ」
「何をですか?」
「私が……私が本当はメイベルの娘じゃないってこと……」
ずばり第三王女だと名乗り出ることができず、言葉を濁すフローラを見て、
「その質問に答える前に、貴女に酷な話をしなければなりません」
そう前置きをして、シリルは重い口を開いた。
「俺を含め、現在数人の近衛騎士たちが塔から逃げ出した第三王女の行方を追っています。陛下は完全に王女のことを見限っておられて、あれは使い物にはならない、見つけ次第、始末しろと……」
「嘘っ、嘘よ……」
たまらず声を上げたフローラだったが、冷たい父の横顔を思い出して口をつぐんだ。塔に閉じ込められた六年間、まったく口もきかず、娘の顔も見に来なかった男である。王家に生まれた者として、はなから親子の情などないのだと、期待するほうが間違っているのだと頭では理解していても、ぽろぽろとこぼれる涙を抑えることができなかった。
「……だったらなぜ貴方は私を助けたりなんかしたの? 殺したければ、さっさと殺せばいいじゃない」
八つ当たりだと分かっていても止められず、ついシリルに怒りをぶつけてしまう。
「貴方は初めて会った時から私のことを嫌ってた。私を守ることにうんざりしていた。だから父は貴方が適任だと考えたのでしょう。私を見つけ出して殺すよう、真っ先に貴方に命じたはずよ」
騙されていた、嘘をつかれていた。
疑うべきだった、そもそも初めから信用しなければ良かった。
何より怒りを感じるのは、そのことに深く傷ついている自分自身に対してだ。
「……貴女の言う通りです、フローラ。ですが俺は、陛下の命令に従う気はありません。貴女を殺すつもりなら、とっくに殺しています」
それもそうだと思い、フローラは言葉に詰まってしまう。
シリルが倒した魔物のことを思い出したからだ。
「お辛いでしょうが現状を受け入れて、気持ちを強く持ってください。幸い、貴女がこの村にいることはまだ誰にも知られていません」
その瞬間、シリルと見知らぬ近衛騎士が言い争っていた光景を思い出して、
――彼が騎士たちを追い払ってくれていたんだわ。私に近づけないようにしてくれてた。
知らぬ間に守られていたことに気づいて、フローラは涙をぬぐうと、あらためてシリルを見た。
「貴方はもう私の護衛騎士ではないわ。私を守る義理なんてない。なのにどうして……」
シリルは答えなかった。
ただ悲しげな顔をして、じっとフローラを見つめていた。




