第十四話
初めて会った時からフローラはシリルのことが苦手だった。
彼のほうも、何度言っても土いじりをやめないフローラのことを、王女らしからぬ野生児、コミュニケーションのとれない厄介な相手、としか見ていなかった気がする。ごくたまに彼が、凍り付くような冷たい目で自分を見下ろしていたことに、フローラだけが気づいていた。
――シリルも私のことが嫌い……苦手だったのよね、たぶん。
宰相の息子として厳しく育てられ、恵まれた才能を持ち、最年少騎士として近衛隊に配属された彼には輝かしい未来が待っている、はずだった。しかし蓋を開ければ、次期女王となるべく育てられている第一王女でもなく、他国の王侯貴族から求婚の申し出が絶えない第二王女でもなく、土いじりに夢中で王女としての教育もまともに受けていない第三王女――みそっかす王女の護衛騎士。
――きっとたくさん、不満があったはずだわ。
王女と騎士としての立場がなければ、出会うことすらなかった相手だ。
そんな彼から協力を求められた時はなんの冗談かと思ったものの、
――ご飯作りや飲み物の用意……とか?
自分にできることといえばそのくらいなものだ。
早速その日、村長も交えて害獣除けの柵を直すための計画案を練ることになったのだが、
「柵は直さず、周辺に繫殖力の強い植物を植える? シリルさん、そりゃなんかの冗談かい?」
「試したいことがあると言ったはずです。理由なら結果が出てからお話します。一番害獣の被害が多い箇所を教えてください」
村長は狐につままれたような顔でくだんの場所へ、シリルたちを案内する。
そこはもっとも柵が壊れている場所であり、雑草も伸び放題で、野生動物のフンも散乱していた。
「植物なんぞわざわざ植えんでも、雑草ならそこらじゅうに生えとる」
「フローラが植えたものでなければ意味がありません。周辺の雑草を刈り取っても問題はありませんか?」
村長はやはり訳が分からないとった顔をしつつも、「そりゃかまわんが」と頷く。
「では、ここから始めていきましょう。フローラ、何を植えたらいいと思いますか?」
そばで二人のやりとりを見ていたフローラは、突然話しかけられて「えっ」と困惑してしまう。
「できれば手がかからず、丈夫で繁殖力の強い植物がいいのですが」
穏やかな口調で、辛抱強く話しかけられて、フローラはすぐに「ドクダミ」と答えた。
ただし独特の強い匂いがすることもつけ足しておく。
「といた小麦粉をつけて油であげると、まあまあ食べられるわ」
ちなみにレイノルズは病気の予防薬としてドクダミを乾燥させ、お茶にして飲んでいた。生薬として利用され、身体に良いとされるドクダミだが、食べ過ぎると副作用が出るので要注意である。
「うちの庭にも嫌というほど生えているから、持ってきましょうか?」
「お願いします」
シリルが何を考えているのか理解できないまま、フローラは柵の周辺の草を抜き、ドクダミを植えた。作業そのものはまるで苦ではなく、それどころか楽しくて仕方がないとばかりに、フローラはドクダミを植え続けた。
「大地の女神様、どうか貴女の御手に触れることをお許しください」
作業を始める前にフローラは決まって女神に祈りを捧げる。
その様子をそばで見ていたシリルがぽつりと口を開く。
「女神様はなぜ王侯貴族にのみ祝福を――特別な力をお与えになるのか、フローラは考えたことがありますか?」
ハッとして顔を上げるフローラの目をまっすぐ見ながら、シリルは続ける。
「その力によって人は時に傲慢になり、力を持たぬ者を見下す。俺もかつてはそうでした。自分よりも能力の劣る者を心の底から軽蔑していた。その相手が自分よりも高い地位にいればなおさら……けれどある人に言われたんです。祝福の意味をはき違えるなと。能力とは、自分のためではなく他者のために使ってこそ真価を発揮し、評価されるのだと」
それからは人を見る目が変わったのだと言い、彼はおもむろにしゃがみこむと、フローラを手伝って雑草を抜き始めた。
「俺には昔、仕えていた主人がいました。彼女は幼いながらも、父親に認められようと懸命に自分の能力を磨き、美しい花を育てて周囲の者たちを喜ばせていました。けれど俺は、そんな彼女に対してとても無礼な態度を……」
途中で言葉を切ると、シリルはやりきれないとばかりにため息をつく。
「今は心から後悔しています。やり直せるものならやり直したいくらいだ」
フローラは黙って彼の話を聞いていた。
混乱と戸惑い、不安といった様々な感情が胸をよぎる。
――もしかして私のことを言っているのかしら。
だとしたら、彼はフローラの正体に気づいていることになる。
ここにいるのは花屋のフローラではなく、塔から逃げ出した第三王女であると。
フローラは震える手を隠すと、勇気を出して口を開く。
「貴方が仕えていた主人というのは……」
「もういません。亡くなりました。毒蛇に噛まれて」
シリルの答えは短く、淡々としていた。
それを聞いてフローラはホッとすべきか、彼が嘘をついているのではないかと疑うべきか、迷っていた。
「つまらない話をしました。どうぞ作業に集中してください。害獣や魔物が出ても気にしないで。俺が対処しますから」




