第十三話 回想「出会い」
シリルに初めて出会ったのは、フローラが十一歳の誕生日を迎えたばかりの頃だった。
「フローラ様、どうぞこちらへいらしてください、後任の騎士様が参りましたよ」
その日、乳母の目を盗んで土いじりをしていたフローラは、ドレスを汚したことを叱られると思い、ベッドの下に隠れていたのだが、
「新しい護衛なんて必要ないわ。レイノルズ爺やがいるもの」
つい反射的に答えてしまい、慌てて口を押えた。
しかし時すでに遅く、駆け寄って来たメイベルに腕を掴まれ、ベットの下から引きずり出されてしまう。
メイベルはしゃがみこんで、フローラのドレスの裾についた泥を見ると、これ見よがしに大きなため息をついた。
「レイノルズ様はもう来られませんよ。ずいぶんとお年を召しておられるから、騎士を引退なさるそうです」
「そんなのいやよ、レイノルズがいい」
「わがままをおっしゃらないでください。さあさ、早くこのドレスに着替えて」
すばしっこいフローラは乳母の手から逃れると「べぇ」と舌を出した。
「どうせすぐに汚れるんだから、このままでいいわ」
まなじりを吊り上げた乳母に再び捕まり、お説教される前に部屋から逃げ出そうとしたフローラだったが、
「おっと……」
固い何かにぶつかってしまい、よろよろと足を止める。
「失礼、お怪我はありませんか、殿下」
見れば部屋の入口を塞ぐようにして若い騎士が立っていた。
「お初にお目にかかります、フローラ様。シリル・ノーブル・マクギネスと申します」
プラチナブロンドの髪に色素の薄い、水色の瞳。
真新しい銀色の甲冑を身に付けた若い騎士を前にして、フローラは固まってしまった。
――キラキラした人。なんだか目がチカチカするわ。
お転婆に見えて実は内気で、人見知りするフローラは、他人の前だとひどく緊張して、口がきけなくなってしまうのだ。おまけにいつも年の離れた大人たちに囲まれているせいか、後任の騎士が十六歳とあまりにも若く、整った容姿をしているので、つい気後れしてしまい、距離をとってしまう。
じりじりと後ろに下がるフローラを見、シリルは困惑したようにメイベルを見た。
するとメイベルは軽く咳ばらいをして口を開く。
「姫様は御覧の通り……とても警戒心の強い方です。ですが、一緒にいればいずれ慣れますわ」
やや面くらいながらも承知したように頷くシリルに、メイベルは続ける。
「それと、姫様はとても隠れるのがお上手なので、くれぐれも見失うことはなきよう……」
言っているそばからフローラの姿が見えなくなってしまい、メイベルは慌てたように声をあげる。
「姫様っ、どちらに? 姫様っ」
二人が話し込んでいる隙に外へ出たフローラは、いつものように廊下を駆け抜け、中庭へといそいだ。
色とりどりの花々が咲き誇り、蜂がぶんぶん飛び回る獣道を通って、人気のない場所に出ると、
「ここなら、誰も私を追ってこられないわ」
安心して地べたに座り込む。
そこは中庭の片隅にある、鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた場所で、フローラだけが知る秘密の場所だった。ここでフローラは密かに、ミントやドクダミ、シソやヨモギといった、丈夫で繁殖力の強い植物を植えて、どの植物がより強いか戦わせる実験をしていたのだが、
「あら、ミントが負けてる」
ミントを植えていた場所がいつの間にかドクダミの花に浸食されていた。
ドクダミの勝利である。
「ヨモギはさすがにまだ残っているわね。シソはどこに植えたんだったかしら」
薬草として重宝され、生で食べることもできるドクダミだが、放っておくとどんどん広がってしまうので植える時は注意が必要だ。
慌ててドクダミを引っこ抜いていると、
「わんわんっ」
いつの間にか耳の長い小型犬がそばにいて、お座りしていた。
父や王城勤めの貴族たちが狩猟用に飼っている犬である。
「しっ、そんなに吠えないで。誰かに見つかったらどうするの」
慌てて水色の目をした犬を抱きしめて、黙らせようとするが、犬は吠えるのをやめない。
案の定、まもなくして、
「見つけましたよ、フローラ様」
現れたのはメイベルでも警備兵でもなく、シリルだった。
彼が現れた途端、犬は甘えた声を出してぶんぶん尻尾を振る。
よくやったとばかり犬の頭を撫ぜる彼を見て、
「狩猟犬に捜させるなんて……私はウサギじゃないのよ」
小声で抗議するものの、それを聞いたシリルはおかしそうに笑う。
「ウサギのほうがまだ可愛げがありますよ」
仮にも王女に向かって、なんて失礼な人かしらとフローラがぷりぷりしていると、
「さぁ、お立ち下さい、フローラ様。メイベルさんのところへ戻りましょう」
フローラが黙ってじっとしていると、
「王女であるという自覚が少しでもおありなら、これ以上、私やメイベルさんの手を煩わせないでください」
キツイ口調で言われて、思わずビクっとしてしまう。
長年、出来の良い姉たちと比べられて、みそっかす扱いされてきたフローラである。
もうこんなのは慣れっこだと開き直り、
「……あなたなんて大嫌い」
差し出された手を無視して立ち上がると、フローラはやむなく来た道を引き返すのだった。




