第十二話
「最後に魔物を見かけた場所はどこですか?」
頭を下げてお願いするまでもなく、村に魔物が出たと言っただけで、シリルは一緒に来てくれた。村人たちはおそらく家に閉じこもって避難しているだろうし、魔物が今どこにいるのか分からないのだと説明しつつ、フローラの家の近くまで彼を案内すると、
「分かりました、では俺のほうで探してみましょう」
彼が空に向かって口笛を吹くと、まもなく大きな鳥がこちらに向かってきた。
鷲である。
鷲はこちらに向かって急降下すると、まるで引き寄せられるようにシリルの腕にとまった。
「村にいる魔物を捜せ。見つけたら鳴いて知らせろ、行け」
シリルが命じると、再び鷲は高く空に舞い上がった。
一瞬、鷲の目が水色に変化したように見えたのだが、気のせいだろうか。
「あんた、鷲を手懐けているのか、たいしたもんだ」
感心する村長の横でフローラもうんうんと頷く。
しばらくして、金切り声にも似た鷲の鳴き声が響いてきて、シリルは駆けだした。
フローラたちも慌てて走り出したものの、全速力で走る彼との距離は開くばかりで、前にあった背中すら、あっという間に見えなくなってしまう。村長とフローラが息を切らしつつ、現場にたどり着いた時にはもう決着はついていた。
「村に侵入したのは一体だけですか?」
長剣をおさめながらシリルは訊く。
魔物はバラバラに切り裂かれた状態で倒れており、そばには家畜の死体もあった。
「ロニーの話だと付いてきたのは一体だけらしいが……」
村は長年、住人たちによって作られた害獣除けの柵に囲まれているが、それでも地面を掘ったり、柵を越えたりして侵入してくる害獣はいるし、魔物が相手ではほぼ効果はないらしい。おまけにところどころ風化したり壊れたりしている箇所があるので、今では気休め程度にしかならないという。
「念のため、他にも魔物が侵入していないか、見て回りましょう」
シリルは再び口笛で鷲を呼び寄せると「村にいる魔物を捜せ。いなければ戻ってこい」と命じて空へ放つ。
それから徒歩で家々をめぐり、村人たちの安否を確認していると、
「鳥が戻って来たわ」
どうやら村に魔物はいなかったようだ。
シリルは持っていた干し肉を鷲に与えて労をねぎらうと、鷲を空へと返す。
「太陽が出てきたので、もう魔物が現れることはないでしょう」
仕事が終わると、さっさと町へ戻ろうとするシリルだったが、フローラが引き留めるまでもなく、
「金を受け取れんというのなら、せめて礼くらいさせてくれ」
と、半ば強引に村長に引き留められ、腕を掴まれ、ぐいぐいと村長宅へ引きずり込まれていく。
「フローラさんも一緒に来るんだよ」
押しの強い村長に負けてしまい、フローラも「はい」と返事して村長宅にお邪魔した。
そこで料理上手な村長の奥さんを紹介され、
「さぁ、動き回ってお腹が空いてるでしょ? 好きなだけ食べて頂戴」
温かみのある木製テーブルの上に、採れたての野菜で作ったおいしそうな料理がずらりと並び、フローラはふらふらと席に着くと、
――お断りするのも失礼よね。
空腹には勝てず、ありがたくいただくことにした。
いつも食べるものは自分で作っていたので、人の作る料理がこんなにおいしいなんて……と感激していると、いつの間にかシリルも隣の席に着き、ご機嫌な様子の村長にお酒をすすめられていた。
「ところで、お二人はどういうご関係かな?」
含みのある言い方をされて、動揺のあまり手が止まってしまう。
なんと答えるべきか考えていると、
「彼女が町で花を売っているのはご存じですか?」
代わりにシリルが答えてくれた。
会話は苦手なので、村長の相手は人当たりの良い彼に任せつつ、黙って村長婦人の手料理を味わうフローラだったが、
「フローラさんって、もしかして魔法使いなの?」
正面に座るロニーに話しかけられ、やむなく顔を上げた。
「違うわ」
「だったらどうして、フローラさんの庭に魔物は入れなかったんだろう。ルイスおじさんのところは畑を荒らされて、家畜もやられたのに」
どうしてかしらねとフローラも考え込んでいると、
「少年、その話、もっと詳しく聞かせてくれるかな」
シリルに話しかけられた途端、ロニーはパッと嬉しそうな顔をした。
フローラそっちのけで話し始めるロニーの姿を見、
「許してあげてね、ロニーは将来、騎士になるのが夢なのよ」
村長夫人にそっと耳打ちされて、なるほどとフローラは苦笑した。
ロニーの話が終わると、シリルはしばらく黙っていたが、
「どうだろう、シリルさん。あんたさえよければ、しばらくこの村にとどまって、力を貸してくれんか。休暇中だけでもかまわん。この村に住んでいるのは年寄りばかりで、畑で食っていけんようになったら、皆が困る。この年じゃ、町へ働きに出ていくわけにもいかんし」
しびれを切らしたようにまた村長が話しかける。
再び魔物が出た時のために、シリルを村に引き留めておきたいのだろう。
ようするに村の用心棒になってくれとお願いしているのである。
「害獣除けの柵を修理するにも、人手が足りんでね。それにただ直すってわけにもいかん。工夫せにゃ」
シリルは何やら考え込んでいる様子だったが、最後は「分かりました、俺にできることがあればお手伝いしましょう」と快く引き受ける。食後に出てきたはちみつ漬けのナッツとドライフルーツのケーキをぺろりと平らげ、いそいそと席を立つフローラとは大違いである。
「その代わり条件があります。一つ、試したいことがあるので、ご協力願えますか?」
「そりゃあもちろん、できる限りのことはさせてもらうよ」
「でしたらフローラを貸してください。害獣除けの柵を修理するには、彼女の力が必要です」
突然自分の名前が出てきて固まるフローラを見、村長はハッとしたように顔を向けると、
「フローラさん、あんたも村の住人なら、協力してくれるね?」
そんな言い方をされて、断れる人間がいたら見てみたいものである。
「私にできることなら……」
不安に思いつつも承諾すると、「貴女にしかできないことです」とシリルは真面目な顔で答える。
早速その日から作業が始まり、フローラのスローライフは終わりを告げるのだった。




