第十一話
村の奥にある村長の家にたどり着くと、ロニーは裏口から家に入り、
「お姉さんはここで待ってて。今じいちゃんを呼んでくるから」
キッチンのそばにある椅子にフローラを座らせると、瞬く間に姿を消してしまう。
しばらくして、褐色の肌をした、目の細い老人を連れて戻って来た。
フローラがこの村に来たばかりの頃、様子を見に来てくれて、食料を分けてくれた老人である。
やっぱりと思いつつ、フローラは恐縮して頭を下げた。
「ご挨拶がおくれてすみません……フローラと申します。その節は、どうもお世話になりました」
村長は構わないとばかりに手を振ると、
「集会を中断して来たんだ。早く用件を言いなさい」
直後、ロニーは話し出した。
山菜を採りに山へ入った帰り道に魔物に遭遇したこと。
なんとか村まで逃げてきたものの、魔物はしつこく追いかけてきて、村を囲っている害獣除けの柵を壊してしまったこと。
「そしたらフローラのお姉さんが助けてくれたんだ」
その時の状況も、ロニーは祖父に詳しく話して聞かせた。
話が終わると、村長は厳しい表情を浮かべて言った。
「事情は分かった。村のもんにはわしから注意喚起しておこう」
それからおもむろにフローラのほうを向くと、
「ロニーを助けてくれて感謝する。あんたの名前は……」
「フローラさんだよ、じいちゃん」
「フローラさん、あんたは孫の命の恩人だ、ありがとう」
深く頭を下げられて、フローラはあたふたしてしまう。
花を売る以外で、人に感謝されるなんて初めての経験で、どんな顔をしていいのか分からない。
かぁっと頬に熱を感じて、うつむいてしまう。
「たまたま……運が良かっただけです」
そんなフローラを村長は不思議そうに眺め、
「ちょうど今、害獣対策について話し合っていたところなんだが、良ければ皆にあんたを紹介しよう」
長い塔暮らしで人と関わることが苦手になってしまったフローラは「結構です」と即座に断る。
それよりも家に置いてきたモーリーやランバート、鶏たちが魔物に襲われていないか心配で、
「早く家に帰りたいので、これで失礼します」
さっさと家を出ていこうとすると「フローラさん」と強い口調で引き留められた。
「今、一人で外に出るのは危険だ。あとでわしが送っていくから、少しここで待っていなさい」
集会はその場でお開きになり、皆、家族に危険を知らせるためにいそいそと家に帰っていった。
フローラも狩猟用の銃を手にした村長が戻るのを待って、家を出る。
「ところで、あんたのところもイノシシやらシカやらに作物を食われて困っとるんじゃないのかね? たくさん花を育てているようだが、食害は?」
道すがら訊かれて、フローラは首を横に振った。
「いいえ、ありません」
この村に来て、野生の動物すら見かけたことがないと言えば、村長は信じられないとばかりフローラを見る。
「……あんたの言葉を疑うわけじゃないが、実際に畑を見せてもらってもいいかね?」
「ええ、もちろん」
家に帰りつくと、動物たちは無事だった。
フローラはホッとして家の中に入り、お湯を沸かしてハーブティーを淹れると、村長を呼びに外へ出た。
けれど彼はフローラの呼ぶ声にも気づかず、熱心に庭を見て回っている。
「見事なもんだ。全部あんたが一人でやったのかい? 熟練の庭師顔負けだ」
フローラはどう答えればいいのか分からず、黙っていた。
植物を育てるのは得意だし、土いじりも大好きだが、育てた切り花が異常に長く持つのも、時季外れの花が咲き乱れるのも、間違いなく「緑の手」のおかげ――女神様の祝福によるものだろう。しかしそのことを話せば、王侯貴族であることがバレてしまう。根っから不器用な性格で、嘘がつけないフローラには「黙る」以外に選択肢がなかったのである。
「害獣の被害もないようだし、信じられん。何か秘訣があるのなら、教えてくれんか。村も助かる」
けれど真正面から質問されて、さすがに何も答えないのは相手に失礼だと思い、
「私は私のやり方で好きなように土いじりしているだけで、教えられるようなことは何もありません」
と正直に話す。
しかし村長は腑に落ちない顔で「まるでここだけ、神様に守られているようだ」とつぶやく。
「村に魔物が入ってきたら、普通は真っ先に家畜がやられる。だがあんたのところは無事だ」
言われてみれば確かに……とフローラは首を傾げ、村長もまたしきりに首を傾げている。
「メイベルさんがここに住んどった頃はひどかった。山が近いせいか、獣にしょっちゅう畑を荒らされてなぁ。犬を飼い始めたが無駄だった。しまいにゃ畑づくりをやめて町へ働きに出てたよ」
難しい顔で何やら考え込んでいた村長だったが、「その前に村に入り込んだ魔物をどうにかせんと」と思い出したように言うので、
「私、あの魔物を倒せる人を知っています」
咄嗟にシリルの顔を思い浮かべながらフローラは口を開く。
元近衛騎士で遠征部隊にいた彼の話をすると、村長の目がきらりと光った。
「そんなたいそうな人が……引き受けてくれるかね?」
引き受けてくれるはずだとフローラは請け合う。
「今から町へ行って彼を呼んでくるので、村長さんはここで待っていてください」
「なら、わしも一緒に行こう」
短いやりとりの末、町へは村長の馬車で行くことになった。
フローラは慌ただしく上着を羽織ると、頭にショールを巻いて馬車に乗り込む。
――シリルが泊っている宿屋の名前、なんだったかしら。
必死に彼との会話の内容を思い出しながら、フローラは逸る気持ちを抑えていた。




