第十話
その日は朝からどんよりとした天気で、これじゃあ外に洗濯ものが干せないわねと、フローラはがっかりした。
太陽が分厚い雲で覆われて、今にも雨が降り出しそうだ。
おまけに庭に出ると、死んでいる小鳥を見つけた。
もしやモーリーの仕業かとドキドキしたものの、血は出ておらず、小鳥はひどく痩せていて、衰弱死したようだった。
たまらなく悲しい気持ちになって、フローラは小鳥のためにお墓を作り、白いユリの花を植えた。
――私も死んだら土の中で眠るのかしら。
死について考えると、普通は怖がったり、憂鬱な気持ちになったりするのだが、フローラは違った。
――土の養分になったり、虫や動物たちのご飯になったりするのよね。悪くないわ。それに私が死んでも誰も悲しまないから、気は楽だし。
「どうか無事に女神様のところへいけますように」
お墓の前で小鳥のために祈りを捧げると、さっと立ち上がり、気持ちを切り替える。
ひんやりとした朝の風を受けながらフローラはうーんと伸びをした。
いつも通り家畜の世話と庭仕事を済ませ、朝食の準備をする。
昨日、作り置きしておいたパンをバターを塗ったフライパンで温めていると、食欲をそそる香ばしい香りがしてきた。ついでに産みたての卵で目玉焼きを作り、熱々のパンの上にのせてさっと塩をふる。ジャガイモとベーコンで作ったサラダと、青じそとキノコのスープを添えれば完成だ。
ゆっくりと時間をかけて朝食を味わうと、食後のハーブティーを淹れるために庭へ出たフローラだったが、
――ハーブを植え寄せした植木鉢、作ってみようかしら。
それを台所に置いておけば、台所と庭を何度も往復せずにすむし、使いたい時に使いたい量だけさっと摘み取れる。そのことを教えてくれたお客さんに感謝しつつ、早速よく使うハーブを選んで株分けし、小ぶりの植木鉢に植え付けていく。繁殖力の強いミントは避けて、相性の良いハーブを組み合わせていく。
――できたわっ。
ついでに虫よけ効果のある花も一緒に植えたので、見た目も綺麗で鮮やかだ。
「どのあたりに置こうかしら」
家の中に緑があるのって素敵ねと思いつつ、鉢植えを手に台所をうろうろしていると、
「誰かっ、誰か助けてっ」
外で助けを求める声が聞こえて、フローラはハッとした。
聞き間違えかと思ったものの、声はなおも響いてきて、慌てたフローラは鉢植えを持ったまま外へ出て行く。
すると道の向こう側から十一、二歳くらいの少年がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
息を切らし、恐怖に満ちた表情を浮かべている。
何かに追いかけられているようだ。
間もなく、少年の後ろから樹木に似た生き物が現れる。
見覚えのある生き物――シリルたちが戦っていた魔物だ。
――夜でもないのに……どうして魔物が?
通常、魔物は夜や暗闇の中で活動する。日中に遭遇することは滅多にない。
だからこそ皆、日が暮れる前に安全な家の中へ閉じこもるのだが、
――もしかして、この雲のせい?
黒く分厚い雲のせいで太陽が完全に隠れてしまって、日中なのに辺りは薄暗い。
ここが町なら警備兵が即座に駆け付けてくれる――そもそも防壁があるので町の中には入れない――が、この村は小さな山間にある集落で、若者も少なく、魔物や害獣対策においても不十分だ。時に助け合い、協力し合うこともあるが、いざという時は自力でなんとかしなければならない。
これまでは王女として守られる立場のフローラだったが、
――私がなんとかしないと。
シリルや近衛騎士たちが悪い大人や魔物たちから自分を守ってくれたように。子どもの頃は、傲慢にもそのことを当然のように――時にわずらわしいとさえ思っていたけれど、今は違う。
「こっちよっ」
フローラは少年に向かって大きく手を振った。
少年はフローラに気づくと、一目散にこちらへ向かってくる。
「早く家の中へっ」
速度を上げた少年に向かって、魔物が枝を伸ばしてきた。
鞭のようにしなる枝が少年の身体に巻き付こうとした時、フローラは咄嗟に持っていた鉢植えを投げつけた。
植木鉢は魔物に命中して割れてしまう。けれど魔物はびくともしない。
それを見たフローラががっかりした時、
「ギャアアアっ」
突然、悲鳴らしき声をあげて魔物が動きを止めた。
当たりどころが悪かったのか、苦しんでいるようだ。
フローラはやったと思い、呆然と立ち尽くす少年の手を取って走り出す。
そのまま、美しい花々が咲き誇る庭を通り過ぎ、家の中へ駆け込んだ。
しっかりと戸締りをし、一息ついて窓の外を見る。
再び動き出した魔物が自分たちを追ってくるかと思いきや、
――何をしているのかしら?
魔物は庭に侵入するどころか、獲物を見失ったかのようにうろうろしている。
しばらく待ってみたが、敷地内に入ってくる様子はない。まるで見えない壁でもあるかのようだ。
やがて、
「あ、逃げた」
隣で同じように窓の外を見ていた少年がホッとしたような声を出す。
フローラも胸をなでおろしつつ、
「私はフローラ。あなた、名前は?」
「ロニー」
「ロニー、早くこのことを村の人たちに知らせないと。また別の人が襲われるかもしれないわ」
「だったらじいちゃんの家に行こう。今日は村の集会の日だから、皆そこに集まってるんだ」
「……あなたのおじいさま?」
「俺のじいちゃん、この村の村長なんだよ。会ったことない?」
無邪気な表情で訊かれて、フローラは後ろめたい思いで視線を逸らす。
「ごめんなさい、会ったことはないわ」
「村に住んでるのに?」
「色々と……事情があって……」
ロニーは不思議そうに首を傾げると、
「でもじいちゃんはお姉さんのことを知ってたよ。メイベルさんの娘さんなんでしょ?」
そうだったのかと驚くフローラだったが、思い当たる節がないわけでもなく、
――もしかして、あの人……。
「お姉さん、もう魔物はいなくなったみたいだし、俺ちょっと行って知らせてくるよ」
まだ外へ出るのは怖かったが、子どもを一人で行かせるわけにはいかないと思い、フローラはぎゅっと拳を握りしめると、
「待って、私も一緒に行くわ」




