第二章:色ボケ勇者よ、ここは武器屋だ
翌日の昼。
ここ『不壊の槌』は店主のガルドと女将のベルダが昼食を摂っていた。
「昨日は災難だったみたいねぇ。店の外までアンタの怒鳴り声が響いていたわよ、ガッハッハ!」
「おい、食事中にやめてくれよ。思い出して食欲がなくなっちまう……」
ガルムが続ける。
「看板はどうしてる?」
「昼なんだから、『休憩中』の看板に変えてるわよ。そうそう、ショーカンシャなんて来やしないわよ。心配性ねぇ」
なんだか嫌な予感がする。
「バァンッ!」
声に驚いて、二人はドアに注目した。
バンっと擬音を声に出す馬鹿は白金の鎧を身にまとい、女神官、女騎士、エルフの女の子を連れた、肩まで伸びた茶髪に黒目の……おそらく、召喚者だ。
「あーん、勇者様ぁん♡ なんでも買ってくださるんですのぉん?」
「ハッハッハ、勇者ルカがキミたちの装備はなんでも買ってやるさ! ん? ドワーフの店主かい? キミ、この子たちの装備をオーダーメイドで作ってくれないかい?」
看板の文字は読めないらしい。
「今は、休憩中だ。文字も読めねぇのか」
「ああ、でもボクには関係ない情報だろ? ガルムにベルダ」
こいつも無断で鑑定する無礼者だ。
「なんだい、もう少し待ってくれたら店も開けるのに。せっかちなショーカンシャだこと!」
そういうベルダを一瞥し、手を顔の前に置く勇者。
「ああ、もう少し見目麗しく、スレンダーであればパーティに加入出来たのだが、ベルダ。キミは年老いすぎたね」
「バカ野郎! こいつはオレの嫁だ!」
「わかっているさ。鑑定結果にもそう表示されているからね」
わかっててそのザマなのか……。
二人は呆れて顔を見合わせる。
「ねぇー♡ 私、リボンの錫杖がいいですぅ」
「あたしは柄がヒョウ柄で、黒とピンクがいい!」
「わたくしはフリルの付いた胸当てがいいですわー♡」
取り巻きたちは自分の要求だけして、勇者にシナを作る。
その様子を窓から見た冒険者は、引きつった顔で店から離れていく。
「ハッハッハ。ガルム、この子たちに合う可愛い装備を見繕ってくれないかい? 布面積が少ないとボクの好みなんだが」
カウンターに乱暴に置かれた巾着には王様からもらったであろう金貨が輝く。
客ならば要求に合う装備を提供すべきだろう。
ガルムはグッと堪え、女の子たちを試着室に案内した。
「やだー♡ 勇者様ったらエッチ♡」
女神官には軽量の胸当てと、ミニスカート型の腰当て。衣服を着てほしかったが、彼女は肌に直接着ているので、お腹と太ももがあらわになっている。
「あーしに似合う? でも盾はもっと可愛い方がアガるんだけど」
女騎士にはビキニアーマーとシンプルな小型の盾。
「この装備、下着が見えそうですわ」
エルフは弓使いというので、胸当てに篭手、膝当てつきのブーツを見繕った。
「ほうほう。いいね! ガルムも隅に置けないね」
妻のベルダの視線には気づかないふりをした。
それぞれの装備は、この店で個人的に集めたものなのだが、どう言い訳しても女将の納得は得られないだろう。
「これらは防具の勉強として取り寄せたモンだ。決して趣味とかでは……」
「えー? リボンの防具にしたい! 錫杖と合わせて、フリフリのがいい♡」
神官よ、そういうのは武器屋ではなく後方支援向けの装備屋に行ってくれないか。これでも職業に合うものを選んだつもりだ。
色ボケ勇者は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。
「というわけで、防具も三人分オーダーメイドでお願いするよ」
「……色ボケのはいいのか?」
当たり前の疑問だ。
魔王を倒すのは勇者だろう? その勇者がパーティメンバーの装備のみ買うというのだ。
「僕は序盤の街で装備を揃えない主義なんだ。それにせっかくゲームのキャラで召喚されたんだ。もっと豪華な装備がいいね」
「悪かったな、貧相で。デザインはオレぁ、からっきしだ。ねーちゃんらの希望に添えないかもしれねぇぞ!」
これは客商売。
自分の言い分ばかりが通る商売じゃない。
それにこいつは異世界からのショーカンシャだ。
常識は捨てて、相手の文化を取り入れるチャンスかも知れない。
「ハハッ。それなら……ベルダ、紙とペンを貸してくれないか?」
「なんだい? デザインを書いてくれるってのかい?」
ベルダがカウンターから紙とペンを出す。
勇者はそれをひったくると、ペンを走らせ、あっという間に三人分のデザイン画が出来上がった。
「アンタ、絵がうまいね。アタシ、感心しちゃった!」
「まぁ、ここに来る前は二次創作を嗜んでいたんでね、ふひひ」
「……ふひひ?」
この色ボケ勇者、ここに来る前は変人だったのかもしれない。
……今も十分、変だが。
「すごいですわ、勇者様ぁ♡」
「前は芸術家だったん? ヤバない?」
「エルフにもこんな上手に絵を描く人はいませんでしたわ」
ガルムがデザイン画を交互に見比べる。
正面、左右、背面。武器は全体図や持ち手のアップとわかりやすく描かれており、なにより線に迷いがなく、描き慣れている。
「ふん、素人にしてはやるじゃねぇか。ねーちゃんら、この絵で作っちまうが、いいのか?」
「ええ、私の理想、そのものよ♡ さすが、勇者様♡」
「ピンクは濃い目でヒョウ柄は黒ね」
「わたくしも勇者様色に染まるなら、光栄でしてよ」
三人の同意は得た。
勇者は得意げに胸を張りながら、三人を引き連れて店を出ていった。
「はあーぁ……。嵐のような連中だ」
「そ・れ・よ・り。アンタ、また『勉強のため』とか言って無駄遣いしたね? わかってるんだろうね」
「ひぃ! 勘弁してくれよ、かーちゃん!」
その晩、ガルムはこってり絞られたのだった。
「リボンにふりる? この布のピラピラか。生地屋と服飾屋、どっちがいいんだ?」
翌日、デザイン画片手にガルムは頭を悩ませていた。
「アンタ、悩んだって仕方ないわよ。ここはひとつ、仕立て屋の手を借りるのはどうだい?」
「そうか! 仕立て屋なら服に関しちゃ一級品だな」
手を叩き、頭にこの世界にはない電球が飛び出る。
その時だった。
「バァンッ!」
またも口で擬音を発する、例の色ボケ勇者が現れた。
「ガルム、出来たかい?」
「まだだ、バカ野郎」
今日は甘いにおいをまとわせている。
四人分の香水の匂いはこの店には不釣り合いだった。
「てか、なんだ香水か? ここは武器屋で貴族の店じゃねーぞ」
「ハッハッハ。いいじゃないか」
こうして異世界人にテリトリーを蹂躙されていくのを、肌で感じる。
冒険者の助けになりたい。自分の腕を試したいと、王都レギオに身を置いたドワーフの職人だ。
何年もここで商売をして、冒険者やギルドからも信頼を得るまでの苦労が甘いにおいで崩れていく。
「ちょっと、女騎士さん。勇者様にくっつきすぎじゃない?」
「えー? 自分だって神官なのにベタベタしてんじゃん」
「人間は愚かですわね。エルフの国では一夫多妻制ですのに」
額に手を当て、ドワーフはため息をつく。
「痴話喧嘩なら、よそでやってくれんか……こっちはお前たちの装備で悩んでいるんだ。かーちゃん、このデザイン画を仕立て屋に持っていってくれないか?」
「あいよ! じゃあ、出かけてくるから、客の相手しててよ」
しまった、自分が行くんだった。
こうしてベルダは上手く逃げおおせたのだった。
「いやぁ、みんな仲が良くてサイコーだね!」
「てめぇの目は腐ってんのか! あれは喧嘩ってんだよ!」
勇者ルカを巡り、誰が彼にふさわしいかを言い争っている。
「騎士なんて野蛮で優雅な勇者様には似合いません。私のような慎ましい神官こそ、隣にふさわしいの!」
「なに言ってん? 神官は結婚出来ないんでしょ? あーしが神官ちゃんの分まで幸せになってあげるよ」
「私はまだ見習いなので、セーフですぅ! 見習いのうちに結婚して、私が高位の神官になっても許されるんですぅ」
「神官なら慎みを……。わたくしは正妻に置いてくれるなら側室は認めるつもりです」
女三人集まると、こんなに姦しくなるのか。
ガルムは自分の妻が豪快だとそしることもあったが、今度からはもっと優しくしないとと心を改める。
「かーちゃん、助けてくれよぉ」
「愛妻家だね、ガルム!」
「色ボケは黙っておけ!」
むせ返る香水と女の怒鳴り声。
店の外までずっと響いて、他の客は寄り付かなかった。
やがて夕方になり、勇者たちは帰っていった。
「……あいつら、騒ぐだけ騒いで武器のひとつも買いやしねぇ」
「ただいまー。仕立て屋に行ってきたわよ! ……ついでに買い物も」
「今日の売上はナシだ。かーちゃんのおかげでな」
「まぁまぁ。でもいいハナシは聞けたし、共同制作の契約も取り付けて来たわよ」
ベルダは有能な女将だ。
……まぁ、外の騒ぎを聞いて買い物もちゃっかり済ましておくくらいには。
「ふん、やるじゃねぇか。材料費、仕立て代。デザイン料は三分の一にまで値切ったのか」
「当たり前でしょ。アタシがやるにしても所詮、素人の手習いだからね。それならプロにお願いしちゃいましょ!」
「なら、さっそく防具からかかっちまうか!」
『不壊の槌』の音は朝方まで続いていった。
「バァンッ! ガルム、出来たかい?」
「三日で出来たら世話ないぜ、色ボケ勇者!」
また女連れの勇者が訪れる。
出来上がるまで来るつもりなのか。
「今日はお前の相手は出来ねぇからな。これから防具の仕上げだ」
「待っていればいいのかい?」
「バカ野郎、そのあと仕立て屋に持っていくんだよ」
カウンターにオーダーメイドの防具が並ぶ。
銀の胸当てにはツタの意匠、ビキニアーマーは金、革の篭手にはパンチング。
装飾が華美なのは、デザインどおりに仕立てたからだ。
「ほう、さすが職人。ボクの想像どおりだ」
「あたぼうよ!」
「リボンはー?」
「ピンクヒョウはー?」
「フリルが足りませんわ」
「それはこれから仕立て屋で足すのさ」
ベルダが防具を風呂敷に包み、背負い込んだ。
「まぁ! 仕立て屋に行くんですか? 私も行きたい!」
「生地も見たいし、あーしも!」
「素材感も確かめたいですわね」
「え……まぁ、いいけど……」
ベルダの顔は引きつった。
ガルムはニヤリと笑う。
「そうだろ、そうだろ! ねーちゃんたちはウチのについて行きな。色ボケも、な!」
「おおっ、そうするとしよう! ベルダ、いいね?」
断る暇もなく、ベルダは勇者たちとともに店を出ていった。
「今日はゆっくり武器に取りかかれるな……」
ホッと一息ついて鍛冶場に行き、武器の作成につく。
かまどに火を入れ、材料を用意する。
「さぁ、本業だ」
昨日はベルダに逃げられたんだ。今日はあの勇者たちの相手を任せようじゃないか。
「た、ただい、ま……」
夕方になり、ヘトヘトで帰ってきた女将さんは、倒れ込むように店に入ってきた。
「おかえり。大変だったろ? 今日は外食にしようじゃねぇか」
「そうしてもらえると、助かるわ……」
今晩は『グリズリーの住処』で晩餐だ。
そうして防具の仕上げの合間に武器を作り、勇者たちの相手をして数日後。
「バァンッ!」
「出来たぞ、色ボケ」
「おお! ついにか!」
取り巻きの三人も色めき立つ。
「試着してみろ。ちゃんと動きやすいか、確かめるんだぞ」
「はいはーい!」
「〝はい〟は一回でいい!」
防具と武器を装備した三人が試着室から出る。
「リボンの錫杖、しゃらーん!」
女神官は魔法少女のように。
「ヒョウ柄、アガるー!」
セクシーなビキニアーマーにピンクヒョウ柄の盾と剣で女騎士はワイルドなギャルに。
「胸当てのフリル……可愛いですわ」
弓使いは清楚な中にフリルでその細身の体を包む。
「みんな、ボクの理想どおりのアバターだ!」
勇者は目を輝かせて、ガッツポーズをする。
「あば……はなにかわからんが、機能性も持たせたからな! 神官には――」
「ありがとう! それじゃ、ボクらはこれから旅に出るので、このへんで!」
「……最後まで嵐だったな」
「満足してもらえたなら、よかったじゃない。アンタ、よくがんばったね。今夜は肉料理と蒸留酒ね、ガッハッハ!」
「しかし、防御力は足りんからな……。死なんといいが」
今夜はごちそうだ!




