第三章:後始末はきっちりしろ!
この国、レギオの王様は暗君になろうとしていた。
「ええい、評議会の決定など待ってられるか! ワシはガチャを回すぞ!」
王様は勇者召喚をガチャと呼ぶ。
それは異世界の言葉であった。
「陛下、落ち着いてください。召喚士の回復もまだなのですよ」
「知らん! ワシはガチャが回したいんじゃあ! ワシの射幸心がそそられておるんじゃあ!」
「ご乱心! 王様がご乱心だぞ! 早く侍医を呼べ」
この場は侍医が取り成し、なんとかおさめたのだったが。
その晩のこと。
「はぁはぁ。この国宝の召喚具であればワシのMPでも……」
部屋から抜け出し、王様は真夜中に宝物庫に存在していた。
国宝級の召喚具『エボカル』。
黄金に輝く杖の先には、大きなドラゴナイトがはめ込まれていた。赤い宝石は魔力の量に関わらず、その者の願いに応じるという。
「エボカル、我が願いに応えよ。憎き魔王を打ち倒せる異世界の勇者を召喚し給う!」
ドラゴナイトは王の願いを聞き入れたのか、眩い光を放つ。
虹色の光の中に、人影が現れる。
「SSRくるか? ああ、たまらんぞい!」
やがて夜の闇に溶けた光が止み、その人物をロウソクの火が映し出す。
「ここは、どこだ?」
「おお、我が願いに招かれし勇者よ! ワシはレギオ王国の王、カール=レギオである。この国は今、魔王軍の侵攻を受けており、破滅寸前なのだ。どうか、助けてほしい」
王様は続けてこう付け足した。
「勇者よ、名はなんという?」
ゲームのコントローラーを握っていた短髪黒髪の青年は答える。
「……隼人。仕様を確認させてくれないか」
勇者の不遜な態度にも王様は気にも留めない。
……今までの召喚勇者がそうだったからだ。
ハヤトはオープンステータスでスキルや簡単な魔法を試す。
この勇者は『アタリ』かもしれないと、王様はほくそ笑んだ。
「無理は承知の上――」ピッ。
「よし、会話スキップ機能は搭載されているな」
王様は物理的に閉口した。
「会話ログもあるから、あとは……」
宝物庫にあった竜殺し『アスカロン』を腰に差し、空中を指で叩いている。
そしてその場でおしりを突き出しながらその場で何度もジャンプした。
王はその様子に期待外れだったかもと、小さく呟く。
「魔王なら去年のRTAで七分で倒してる。倒せたら日本に帰れるんだろうな?」
「それはワシにも――」ピッ。
会話は省略されてしまった。
そして勇者も宝物庫から消えてしまう。
「やはり異世界の勇者は規格外じゃのう!」
目を輝かせながら王様は無礼な勇者に希望を託すのだった。
ところ変わって『不壊の槌』。
ガルムとベルダが夢の中にいた。
突如、一階の店先で爆発音がする。
魔法使いが暴発でもしたのかと、飛び起き、慌てて店の無事を確認しに行く二人。
「おいおい、なんだこりゃ……」
店のドアは破壊され、短髪黒髪の青年が店先に立っている。
「お前、まほ――」ピッ。
「ドアのしゅ――」ピッ。
「お前、召喚ゆ――」ピッ。
ガルムの会話はスキップされてしまい、言いたいことも言えない状態だ。
「クレイモアをくれ」
こいつは確実に召喚勇者だ。この珍妙な魔法。空中を指で叩く仕草。服装もここの者とは違う。
「せっかち坊主め」
悪態をつきながらもクレイモアを差し出した。
妻のベルダは呆気にとられ、口をあんぐり開けている。
「砥石なら後ろ――」ピッ。
「これなら対価になるだろう」
差し出された剣は宝物庫からかっぱらった『アスカロン』だった。
「こっ、これは竜殺し――」ピッ。
「こくほ――」ピッ。
なにも喋らせてくれない。しかも態度も悪いと来た。
「こんなも――」ピッ。
「の受け取れ――」ピッ。
「るわけないだろ――」ピッ。
「せっかち坊主!」
「むぅ。スキップの穴をついてきたか。俺はハヤト。ただのRTA走者だ。じゃ!」
おしりを突き出し、その場ジャンプしたかと思うと、どこかに消えてしまった。
「……本当にせっかちな坊主だったな。あんな初期装備より、『アスカロン』を装備したほうがいいだろうに」
「アンタ、そろそろウチの看板変えたほうがいいんじゃない?『勇者のたまり場』なんて、どうだい?」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。これ以上、常連をないがしろにはできねえだろ」
「……それもそうね。ふわぁ、もう一休みしちゃいましょ」
ドワーフ夫妻が再び夢の中にいるころ、魔王はハヤトによって倒されて平和が訪れたのだった。
「……日本に帰れないのだが」
ベルダが看板を出しに店に出ると、あの勇者がふらりと立っていた。
「なぁに? なにがあったかババアに聞かせな」
ハヤトがカウンター横の椅子に腰かけ、うなだれている。
「魔王を城の宝物庫からおよそ五分で、しかもクレイモア縛りで六分四十八秒で倒したのに、元の世界に帰れなかったんだ」
「ええっ、魔王、倒したのかい?」
「ああ。なのに、日本に帰れなかった。転送陣もなにも出なかった」
「アンタ、今日は会話をしてくれるんだね」
「もう、意味がないからな……」
そう言って、勇者は乾いた笑いを漏らす。
「ここレギオはね、アンタみたいな召喚勇者が何人も旅立っては帰ってこなかったんだよ。だから、アンタの顔見れて安心したわ、ガッハッハ」
「何人も? 見かけなかったが」
ハヤトが顔を上げる。
「……やっと、目を見てくれたね。ほら、これは他の勇者の故郷の味らしいよ。これでも飲んで落ち着かせな」
懐かしい味だった。
ハヤトがよく実家で飲んだあたたかい玄米茶だ。
ハラハラと涙が手に落ち、床のシミになる。
「帰りたい……」
「勝手に呼んで、使命を果たせだなんてウチの国の偉い人も酷なことをしたね。でもね、今は泣いてもいい。泣いて、前を向く準備に入るの」
「前を、向く?」
「そうさ。ここに来た勇者はたくましかったわよ。やれ、マヨネースやらヒラヒラの防具やらをウチの人に無理難題してたけど、みーんな自分のことしか考えてない無鉄砲なガキンチョさ」
「俺だけじゃなかったんだな」
「ええ。そんなガキンチョの要求も悪態つきながら、ウチの人は応えたんだ。客の喜ぶ顔が見たくてね。だからアンタも今だけ泣いて、あの人が来たらいつもどおりにしてな。喜ぶから」
ベルダは続ける。
「元気が出たら、王様に褒賞としてニホンに帰してもらうようゴネな! こういうのはね、ゴネといたほうが得ってモンよ」
「ぷっ、あっはっはっは! 大阪のおばちゃんみたいだな! ありがと。たっぷり、褒美をゴネてみるよ」
クシャッと笑った顔は、平凡な青年のそれだった。
やがて、寝ぼけながらガルドが二階から降りてくる。
「ふあぁ……。なんだ、騒がしいな」
「よっ、ガルム。クレイモア、ありがとな。それじゃ、俺はこれから王様に報告に行ってくるわ」
「お、おお? がんばれよ」
「アンタ、夜中の勇者さね。魔王を倒したんだって」
「ええ? そりゃ、めでてぇな。それより、ドアの修理――」ピッ。
「んじゃ!」
勇者は颯爽と去っていく。
ドアは壊されたまま、放置状態だ。
「だから、後始末はきっちりしろってンだ!」
ガルムの叫びは街中を駆け回る。
ベルダはハヤトが元の世界に戻れるよう、心の中で願うのだった。




