21 目覚め
『きゃああああっ!!』
矢が花奏の胸に突き刺さり、つんざく悲鳴が響いた。
花奏がふらつきながら、顔を歪める。ベッドが消えて、眠っている花奏も消えた。真っ白な空間の中で、ピンク色の髪をした花奏の姿が、完全に花奏に戻る。中学一年生の頃の、幼い花奏だ。
『私は、私なのに。何でっ。私を、忘れて、そいつは私を捨てたのに! また私を捨てるの!?』
「違う! 青藍は、碧君は、私を捨てたわけじゃない。またおいでって言ってたもの。私が、私がその声を無視したのよ!」
『違わない! そいつは見てただけよ。追いかけてこなかった。追わずに見てただけ! だから、私に罪悪感があるんじゃない。だから、神社から出られないんじゃない!」
花奏が叫ぶと、碧がびくりと体を揺らした。
花奏がいじめに遭って、碧が相談に乗ってくれた。けれど、何度も友達に理由を聞いても答えが返ってこなくて、それを碧のせいにした。碧の言う通りにしたのに、何も変わらなかったと言って。
碧が走り出せば、碧は花奏を追おうとしなかった。
そして、道路に飛び出した花奏は、車に轢かれて、記憶を失ったのだ。
それが、青藍が神社から出られなかった理由。碧が、花奏を追って、神社から出なかったから。
「そんなことで……」
『何がそんなこと! ひどい。助けてくれるって言ったのに!』
「碧君がどれだけ私の支えになっていたかわかってるくせに、そんなこと言わないで!」
「花奏……」
「碧君が私のために弓道に誘ってくれたことも、話を聞いてくれたことも覚えてるくせに! 碧君がいなかったら、今の私はいないんだから。私が言っているみたいに言わないで! あんたは、私と違う。私は、碧君が大好きだったんだから!」
兄と一緒に行った弓道場で、碧と知り合った。いじめに遭ってから、碧がやってみないかと誘ってくれたのだ。
中学に入って、生活が一変して、仲の良かった友達から無視され、物が無くなり、先生も味方をしてくれない。たった一人。けれど、昔から知っている碧が、花奏の話し相手になってくれた。
手を差し伸べてくれた人。花奏を応援してくれた人。
ずっと好きだった。もっと好きになった。
その碧を悪く言う、花奏に怒りしかない。
「私のせいで、碧君が、こんなところに、閉じ込められてたの?」
「花奏。花奏、大丈夫だから。俺が、ずっと後悔していただけだから」
碧が後ろから抱きしめてくれる。もう、青藍じゃない。青い銀の髪でもない。白と黒の袴姿で、見慣れた格好の碧がそこにいた。
花奏はずっと、彼のことを忘れていたのだ。中学一年生の夏休み、事故に遭って、一年近く意識がなかった。
意識を取り戻せば、幼い頃の記憶がほとんどなくなっていた。もちろん、碧のことも。
けれど、今の碧はわかる。
『私は、必要ないの?』
花奏が、先ほどとは打って変わった小さな声でつぶやく。
花奏の失った記憶を持った、中学一年生の花奏。
『私の役目は終わったの?』
花奏が失った記憶のまま、ずっとさまよっていたのか。花奏が忘れてしまった記憶を抱えて、同じように傷を持つ者たちを引き寄せていたのだろうか。
『もう、私は必要ないのね』
「忘れててごめん。だからもう、一人じゃないよ。みんなも解放して。私たちは前に進むの」
花奏は手を伸ばした。胸を押さえたまま苦しそうな顔をしている自分に、その手を掴めと、差し伸べる。
「一緒に帰ろう」
花奏の手がお互いに触れたとき、辺りは一瞬で光に包まれた。
「……、で、かなで?」
誰かの声が聞こえる。聞き覚えのある、優しい声だ。
「花奏……」
目の前に、見覚えのある人がいる。青藍じゃない、藍田碧だ。青藍のように、昔に比べて大人になっている。
「ここは?」
起き上がれば、消毒の匂いがぷんと鼻についた。嗅ぎ慣れた匂い。病院の匂いだ。
「どうなってるの?」
碧は椅子に座ったまま、口元を軽く上げて、目尻を下げる。なんと説明すべきか、首を傾げて、けれど穏やかに微笑んだ。
「沼に落ちたの、覚えてないか? 神社に来て、人形と写真撮ってただろう」
「友人と、聖地巡礼?」
「はは、聖地巡礼。そう、それ。沼で写真撮ろうとしたら、人形を落としそうになって、俺と一緒に、沼に落ちた」
碧が指差したのは、病室の棚に置いてあったぱぺだ。青の髪色で獣耳と尻尾がついているが、青藍には似ても似つかない。
「このぱぺ? こんなぱぺだった?」
なぜこのぱぺが、青藍に似ていると思ったのだろう。
あの世界に組み込まれて、近くにいた碧の面影を、このぱぺに重ねていたのだろうか。
「そう、その人形をキャッチし損ねて、沼に落ちそうになったところを、俺が」
「……思い出した」
ぱぺが指先から落ちて、花奏は焦ってそれを掴もうとした。しかし、沼のその場所には石の柵しかなく、そのぱぺを掴んで足を滑らせたのだ。そこに、碧が手を伸ばして、
「沼に落ちて……。全部、夢だったの?」
どうなっているのか、よくわからない。
「夢じゃないよ。夢じゃない」
夢でなかったのならば、一緒に沼に落ちて、あの世界にいたと言うのか。
そう思って、花奏はハッとした。
「みんなは!? グルナちゃんたちはどうなったの!?」
「みんな、無事だよ。退院している」
「退院……」
「みんな目が覚めて、とっくに退院しているんだ」




