20−2 正体
いなくなるなんて、考えたくない。消えてしまうなんて、ありえない。
失いたくないのだ。花奏の、大切で、大好きな人なのだから。
「青藍!!」
バランスの取れない宇宙空間のように、暗闇の中で体が浮いた。
視線の先に、暗闇から滲むように人の姿が現れた。ピンク色の髪が、暗闇から吐き出されたように見えた。
その姿に、花奏は息が止まりそうになった。
「ローザ、ちゃん」
どこからか現れたローザが、ふわりと浮いて、花奏を睨みつけた。その顔には、ひどい怒りが滲み出ていた。
『あんたのせいよ。あんたのせいで、この世界が壊れてしまう!』
胸を押さえたローザは、苦しそうに叫んだ。くぐもった声で、何かを通して話しているみたいだ。
「どうなっているの、ローザちゃん。あなたが、この世界を作ったの!?」
『はっ。私が作った世界? ええ、そうよ。だからって、なんであんたがこの世界を壊すの! みんなが生きている世界なのに!』
その言葉と同時、ローザの前に、力なく横たわるグルナディーヌが現れた。
グルナディーヌだけではない。ブランドロワにノワール、ヴェールまでいる。意識はないのか、ぴくりとも動かない。
「彼らに何をしたの!?」
『あんたが壊したからでしょう!?』
「私が、この世界を壊したから……?」
『ほら、見なさいよ』
ローザが指差す闇の中で、明るい場所が見えた。
「グルナちゃん?」
グルナディーヌに似た少女が、ブレザーの制服を着て、防具のようなものを担いでいる。沈鬱な面持ちをして、広い玄関のある家に入ると、きつい目をした母親らしき女性に睨まれた。
『恥ずかしいわ。優勝もできないなんて』
リビングに入れば、メガネをかけた父親らしき男性と、年上の男性二人が座って、グルナディーヌを横目で見る。
『当たり前のこともできないんだ。期待するだけ無駄だよ』
『模試だって、十位ぎりぎりだったんだ。恥ずかしいやつ』
『勉強もできずに剣道を続けて、それで優勝できないのか?』
グルナディーヌは口を閉じたまま、やっとか細い声で、「ごめんなさい」と謝れば、母親らしき女性が、『本当に、私の娘なのかしらね』と鼻で笑うようにして言うと、四人は立ったままのグルナディーヌをそのままにして、別の会話に移った。
「うっ!」
光が消えて、別の光が灯る。その中にいるのは、ブランドロワだ。
彼もまた、グルナディーヌと同じ制服を着ていた。スーツ姿の年上の人々に囲まれて、笑顔で対応している。
『さすが、……の息子さんだ。あの若さで秘書見習いですからねえ。それに比べて、弟の方は』
『そろそろ捕まるんじゃないかって。マスコミがしつこいらしいですよ。ほら、あそこにも』
ボソボソと話す男たちを横目に、カメラを持った男がブランドロワに近付いた。
『弟さんが暴れて騒ぎになったという話ですが、売り出し中アイドルのスキャンダルについて、一言お願いします!』
ブランドロワは笑顔を崩さぬまま、やってきた年配の男性に気付いて頭を下げる。
『うちの息子は一人だけですよ。失礼します。--あれくらい、一人でなんとかできんのか? お前は私の跡継ぎなんだぞ? 弟と同じでは困る』
ブランドロワは、「申し訳ありません」と頭を下げてから、その男のカバンを手にして、後を追った。
再び暗闇になれば、灯りが灯る。
次はノワールだ。部屋の中で猫に餌をやっている。そこに派手な女性がやってきた。
『ちょっと、酒くらい買っとけって言ったじゃない!』
女性の言葉を無視すると、猫を抱き上げて部屋を出ていく。
『あんたは有名な政治家の息子なんだから、学校なんて行ってないで、同じくらい稼いできてよ!』
中身の入った缶が投げられて、ノワールの頭に中身ごと当たった。ノワールは猫を玄関に放ると、側にあった椅子を女性に投げる。
『何すんのよ! あんたなんか産むんじゃなかった!』
ノワールは猫を抱き上げると、「だったら産まなきゃよかっただろ。クソババア!」と叫んで外へ走り出した。そのノワールに、女性は何度も缶を投げつけていた。
最後はヴェールだ。
床には建築の本が散らばっていた。両親か、メガネをかけた男性がその本を蹴り上げた。女性がその後ろで、肩をびくりと揺らした。
『こんなものを集めて、受かったら芸大に行きたいだと!? いつそんな大学の願書なんて出したんだ! 医学部はどうした!』
『お父さんの言うとおりに、医大に行きなさいって言ったじゃない。どうしてお父さんのようにしないの?』
『芸大なんて、恥ずかしい! おい、待ちなさい!』
ヴェールはカバンを放り投げて、二人に背を向ける。「恥はそっちだろう」と呟いて、玄関を飛び出した。
「どうなってるの……?」
『みんな、逃げたのよ』
耳元にローザの声が聞こえて、花奏は仰け反った。その勢いで、後ろにくるりと回転する。バランスが取れなくて、ローザがどこに行ったのかわからない。姿を消したローザは、今度は花奏の目の前に現れた。
『みんな、嫌になっちゃったの。だから、私が、役目を与えてあげた』
「何言って……っ!」
ローザが花奏を押しやった。ローザから離れると、ローザの足元に、グルナディーヌたちが目を瞑ったまま、ふわりと浮いて集まってくる。
『グルナディーヌの家族、全員、頭いいんだって。一位じゃなきゃ意味ないって言われ続けて、そればっか口にしてたら、今度は周囲から、嫌味? ってやっかまれるの。かわいそー。それで嫌がらせを受けて……』
ローザはプールにでも飛び込む動きをする。
『ブランドロワは逆ね。親から期待されて、疲れちゃったの。弟は出来悪くて、不祥事起こさないように見張らなきゃだし、マスコミに追われて、疲れ切っちゃったのよ。だから、弟を注意したら……』
今度はお腹を押さえて、両手を見る仕草をする。そのまま倒れ込んで、頭を下ろしたまま、くすくすと笑った。
『ノワールは母子家庭なの。前にも言ったでしょ。腹違いの弟なのよ。ブランドロワと父親がネットに出ると、恨めしくなるのね。それで非行に走っちゃうの。でも、飼い猫を雑に扱われて、殴り合いになり……』
ローザはひっくり返った。仰向けになって苦しそうに息を吐く。
『うふふ。ヴェールはね、やりたいことがあるのに、やらせてもらえなかったのよ。いつも父親のようになれって言われ続けたの。それで耐えられなくなって』
ローザは自分の首を絞めて、上目遣いにして舌を出した。
それを見続けていて、花奏はずっと寒気しかしなかった。ローザが何を言っているのか、理解したくないのに、理解してしまう。
「じゃあ、青藍は……? 青藍も?」
青藍も、何かに悩み、この世界に来たのか?
それなのに、あの神社で一人。花奏が行かなければ、孤独のまま庭にすら出られない。
花奏をいつもお茶菓子で迎えてくれる青藍。もふもふの尻尾を抱きしめれば、顔をしかめて、花奏に怒って、呆れて、笑って、外に出られたことに、涙して。
そのすべてが、許されることはなかった。
「あなたが青藍を閉じ込めたの!?」
『はは、閉じ込めた? だって、青藍は、いつもそこにいたんだもの。そこがいいに決まってるじゃない!』
「どういう意味……」
『だから、私が、役目を与えてあげた。ここにいれば、悩まないで済むでしょう? 役目を壊そうとしないで。私の世界よ! だから、あんたは邪魔だわ!』
ローザの叫びと同時、再び周囲が迷路の部屋に変わった。先ほどよりも蜘蛛が集まっている。
だが、その草の生える床には、グルナディーヌたちがいた。
「グルナちゃん、起きて! ブラン先輩、ノワール君、ヴェール君!」
花奏は一番近くに倒れていた ノワールを揺さぶった。
「花奏……? 何やって、ここは? どうなってるんだよ!?」
「ノワール君! みんなを起こして!」




