20 正体
手を繋いだまま、花奏と青藍は歩んでいた。
外に出られたという喜びの中、けれど、どこかおかしな雰囲気に、二人で周囲を見回した。
鳥居の前にノワールはおらず、彼がどこの寮にいるのかも知らない。だから学園に向かっているわけだが、道に人の姿がない。いつもならば、一人、二人の通行人に会うはずなのに。
そして、空の様子がおかしくなってきた。さっきまで晴天だったのに、急激に暗くなり、今にも大粒の雨が降ってきそうな、鈍色の空が広がっていた。
不気味に黒ずんでいくその空を見上げる青藍は、先ほどに比べて暗い表情になっている。
「青藍、大丈夫?」
「……ああ」
青藍を外に出してあげたかったが、外に出たことによって、急激にこの乙女ゲーの世界が変化しているような気がする。大丈夫だと断言したいが、システムを壊したことで青藍を不安にさせていた。
その不安を解消させたいのに。
「ここが学園だよ」
校門は開いたまま。生徒は一人も見かけない。
「ノワール君、どこに行ったんだろう。みんなも、どこに行ったのか」
グルナディーヌたちは、城に行って、医者に診てもらっているだろうか。そうだったらいいが、ノワールがいなくなったことを考えると、不安しかなかった。
システムを再構築する力みたいなものが働いているのならば、ブランドロワとグルナディーヌが記憶を失ったのは、その影響だ。
図書室が再構築されているところに、たまたま入ってしまったため、巻き込まれたのだろうか。
それとも、システムとは反した意志を持ったとして、再構築が必要だと判断されたのだろうか。
もし、後者だとしたら、何かに勘付いているような動きをしたノワールを、放置するとは思えない。
ノワールは、何かを確信し、花奏に守護神のところへ行けと言ったのだ。
システムを抜け出して、自我を持ったキャラクター。
その時、システムはどうするだろう。
もしも、記憶だけではなく、キャラ自体を消そうとしたら?
ゾクリと背筋に寒気が走った。キャラクターという存在だとしても、彼らは自由に動いていた。機械的な答えではなく、心を持って、動いていたように見えた。なんら、人と変わりのない存在だと思っていたのに、リセットされるように消されてしまう。
それが行われるのならば、青藍だって。
青藍は不安げな面持ちで周囲を見ながら歩いている。校舎までの道を歩いているだけで、緊張しているのがわかった。
青藍はそれをわかっていたのだろうか。システムを壊せば、再構築されるのだと。
「花奏?」
青藍の手を強く握れば、青藍が気付いて足を止めた。
「青藍に、何かあったら……」
そんなこと、絶対に嫌だ。考えるだけでも、気持ちが悪くなってくる。
「俺は大丈夫だ。俺よりも」
青藍が苦悩の表情を見せて、花奏の肩に腕を回す。
胸に抱かれるようになって、青藍の温もりを感じた。その温度に恥ずかしさを覚えながら、けれど気持ちが安らいでくる。緊張しているのは、花奏も同じだった。
「花奏、側にいるから」
青藍の言葉を聞いて、花奏は急に何かが込み上げてくるような気持ちになった。
側にいるだけで、心が安らぐ。それだけじゃない、何かが。
この気持ちがなんなのか、もうごまかしたりしない。
好きだから、こんなにもうれしい。
「うん。私も、側にいるからね。もう、置いていったりしないから」
そう言ったとき、突然頭に激痛が走った。
「花奏!?」
「あ、頭が」
頭が痛い。目の前がチカチカして、視界が真っ暗になった。
青藍がずっと名前を呼んでいる。
どうして、こんなに頭が痛いのか。
何かを思い出すたび、頭が割れるように痛くなる。
「花奏!!」
「だ、大丈夫。また、片頭痛」
倒れ込んでしまったのか、花奏は青藍の腕に抱かれていた。青藍が泣きそうな顔で、うつむくように花奏を見ている。
その顔に触れて、心配してくれることをうれしく思いながら、ふと花奏は、空の風景がおかしいことに気付いた。
「青藍、空が……」
空が、やけに近い。いや、あれは空だろうか。暗くなっていた鈍色の空は、いつの間にか天井のようになっていて、四角いパネルが空を埋め尽くしていた。
まるで、広い部屋に閉じ込められているような。
「えっ!? ここは、地下?」
いつの間にか景色が変わり、草木の生えた、巨大迷路の中にいた。だが、前とは違い、空がなくなって、天井が見える。蛍光灯が並んだ、教室のような天井になっていた。
「花奏!」
突然、青藍が腕を引っ張った。その横を、白い糸のようなものが飛んでいく。伸びたそれが、床に張り付いて固まった。
後ろから、何匹もの巨大な蜘蛛が追ってくる。青藍が花奏を抱えるようにして、飛んできた糸を避けた。
「もう、やめろ!」
青藍が天井に向かって叫ぶ。誰に言っているのか、声は響かず、蜘蛛の足音だけが耳に届いてくる。
「青藍!」
花奏が叫んだ。青藍の袖に糸がガムのように粘着して、腕を取られた。
蜘蛛が寄ってくる。
「花奏、魔法を使え!」
「魔法!? 燃えろ!!」
花奏の言葉通り、糸が導火線のように燃えて、蜘蛛が発火した。だが、次から次へとやってくる。
花奏は弓を手にした。つがえた矢が蜘蛛に当たると、一気に爆発する。
fireとburstのカードを思い出して、矢に付与したのだ。
だが、それでも蜘蛛が集まってくる。
「花奏、光を使え!」
青藍の声に、頭の中でイメージした。矢尻にlightningのカードが現れる。それを目の前の蜘蛛へ一気に飛ばした。
閃光が走り、一瞬でまばゆい光が発せられる。
青藍がその隙に花奏を持ち上げた。蜘蛛たちが悶えて身動きできない間に、走り出す。
ーーなんで。
どこからか声が聞こえる。
ーーなんで、あなたが、裏切るの!?
泣いているような声に、怒りが混じる。
ーーどうして!!
青藍は花奏を引っ張って木陰に隠れると、蜘蛛を警戒した。どこからか聞こえてくる声には、口を閉じたままだ。
「青藍、あの声は……」
聞き覚えのある高い声音。子供のように叫んで、ヒステリックに喚いている。
けれど姿は見えない。音が響かないはずの迷路の中で、頭の中に直接届くようだ。
「あれは、ローザちゃんだよね!?」
「……ああ、あれは、ローザだ」
青藍は肯定する。だが、まだ何か言いたそうな、苦しげな顔をした。
なぜ、そんな顔を?
問う前に、蜘蛛が再び現れた。
「花奏、こっちだ!」
青藍の手に引っ張られ、再び走りだす。蜘蛛が先ほどよりも増えて追ってきている。生垣の上も、床も、天井も、蜘蛛が溢れて追ってきた。
天井にいる蜘蛛がひどく近い。あんなに天井が低かったのか?
四角いパネルのはまった天井は、どこかで見たような気がする、虫食い模様の天井。その天井で蜘蛛が走り出す。
花奏は足を止めた。引いた弦、矢尻が向いているのは、天井にいる蜘蛛だ。
fireとburstのカードが矢尻に突き刺したまま、一気に放った。その矢が蜘蛛ごと天井に突き刺さると、大音量の爆発音と共に炎を伴って爆発した。
「きゃっ!」
「花奏!」
爆発の勢いで、床に滑るように飛ばされた。手を付いたその床が、泥のように沈む。体にその泥がまとわりついた。青藍の、伸ばされた手を握っていたのに、その温度が離れたのがわかった。
そのまま、泥の中に引き込まれると、青藍の気配がなくなって、花奏は真っ暗闇に落とされる。
泥の中、暗闇に閉じ込められたように周囲が真っ暗で、青藍の姿が見えない。
一瞬、声すら出なかった。
嵐のような不安が押し寄せてくる。青藍がどこにもいない。さっきまで、手を繋いでいたのに。
心臓が激しく鳴り始めた。青藍に何かあったら。そう思うだけで、息もできなくなる。
「――青藍!」




