19 修正
「青藍! 青藍!!」
「どうした。今度は何を大声出して、……何があった」
「青藍、変なことが起きたの!」
花奏は今起きたことを口早に説明する。すると、青藍の顔がスッと青ざめた。
口を結び、口元を覆った姿は、何が起きているのか理解していた。
「青藍、何を知っているの」
「それは、……」
口を何度か開け閉めして、話そうとしながらしかし口を閉じる。
話せないのか、話したくないのか、いや、話せないのだ。
制約。青藍が外に出られない理由と同じ。
ならば、花奏がわかっていることを話すしかない。
「あの黒い虫は、この世界のバグを修正する、システムの一部なんじゃないかな。だから再構築されちゃうの。虫に覆われたグルナちゃんとブラン先輩が、記憶を失ったのもそのせい」
この乙女ゲーはやはりおかしい。設定は曖昧で、ベータ版のように不完全。だが、再構築が行われる。
「設定は素人で、でも世界観は壊したくないみたい」
こだわりがあるくせに、設定が曖昧だ。だが、修正が必要なところは修正してくる。二人が修正プログラムで記憶を消されたのならば、説明がついた。
図書室を修正したのは、花奏のせいだろうか。白紙のページを見つけてしまった。不完全さを指摘したから。
グルナディーヌとブランドロワの記憶を修正したのは、何のためなのか。それはわからないが、急に不安が押し寄せてきた。学園を卒業したとしても、クリアになるのか? クリアしたとしても、その後、残ったキャラクターたちはどうなるのだろう。
「この世界って、めちゃくちゃ不安定なんじゃ」
青藍は顔色悪く、沈黙したまま。その姿は肯定でしかなかった。
「でも、青藍、不安定ってことは、外に出れるってことだよ? あの黒い虫にくっつかれないようにすれば、あの虫が再構築しなければ、出られるってこと。むしろ、この世界を壊した方がいいんじゃないかな?」
無言で聞いていた青藍が、眉尻を下げた。
青藍は前に、この世界を壊す気かと、大声を上げた。そんなことはしてはいけないと言わんばかりに、怒鳴り声を出した。けれど、今は違う。花奏の目をじっと見つめて、口を閉じたまま。その後の答えを知っているかのように、目を赤くした。
泣きそうな顔。それが、何を想像してそんな顔をしているかわからない。その顔を見るだけで、苦しくなってくる。彼の苦しみが胸を締め付けた。
だが、止めないのならば、それが正解だ。
早く、彼を外に出してあげるのだ。
「よし、システムの裏をかこう! 何がいいかな。そうだ、まずは私の寮のメイドさんがいる扉、開けてくる!」
「おい!」
思いついたが吉日。花奏は部屋を飛び出した。
普段は鍵がかかって入れないが、給餌の際に出入りする扉。花奏が入ろうとすれば、メイドが邪魔をする、扉の中。その先には何があるのだろう。設定されていない部屋に入り込んだら、システムのバグが起きるに違いない。
もしかしたら、本殿のように、おかしなループに陥るかもしれない。開いた扉の先が、入ってきた部屋に通じたりするかもしれない。
「危険な真似をするな!」
「私はこの世界のキャラじゃないから、大丈夫だよ!」
「花奏!!」
青藍は本殿から出ようとする花奏の手を引いた。しかし、花奏はその手を振り払うことなく、むしろ青藍を引っ張った。
その瞬間、ビキリ、とガラスが割れるような音がした。
本殿の出入り口、何もない空間から、小さなカケラがパラリこぼれ落ちた。
青藍はまだ出ていない。本殿の中だ。けれど、花奏の手を握った、その手が、空間にぶつかっていた。
「青藍……、これ」
青藍を仰げば、困惑しながらも花奏に視線を合わせる。
花奏は青藍の手を握りしめる。その手をゆっくり引っ張った。その瞬間、まばゆい光が通り過ぎた。
足先が何もない空間に当たり、ヒビが入る。青藍はそのまま建物から指先を出した。
ひび割れた空間が、強化ガラスが落ちたように、バラバラと崩れて散らばると、転がりながら透明になって消えていった。
足袋のまま、足先が石段に降り立つ。膝を曲げる格好で、青藍はもう片方の足を下ろした。
体が完全に本殿から離れる。花奏が両手を引けば、青藍は今までいた本殿に振り向いた。
「……青藍。出られたよ。出られたよ!」
青藍の体は、本殿から完全に離れて、屋根の下からも離れ、地面に足をついている。
「あとは杜を越えて、鳥居から出られるかじゃない!?」
青藍は呆然としたまま、花奏の手に引っ張られて、足を進める。
拝殿の横を通り過ぎて、参道を進み、二の鳥居をくぐって、鎮守の杜に囲まれた長い階段を降りていく。
杜の中はシンと静まり、風一つなく、天井を覆う木々から光は見えない。
しかし、階段の先に、一の鳥居が見えてきた。
あと少し、もう少し。
短い参道を抜けて、一の大鳥居をゆっくりとくぐった。
青藍は空を見上げた。杜を抜けた空は、浅い青に染まっている。青藍の髪の色のようだ。
目尻から、宝石のような雫がこぼれ落ちる。
「青藍、おめでとう!」
花奏は両手を広げた。青藍の身体を余すことなく包むつもりで、しっかりと抱きしめてやる。青藍はそれに応えるように、花奏の背に両手を伸ばした。
青藍の温もりが、腕に、背中に、しびれるように伝ってくる。その喜びは、花奏の中に入って、大きく膨らんだ。
青藍の涙が、頬に触れる。その涙ごと、包み込んであげたくなった。
この気持ちを、ずっと見ないふりをしていた。
ああ、そうか。
青藍が好きなんだ。
青藍が笑っている。その笑顔が、彼のすべてが、こんなにも愛しかった。




