18−3 祭典
「なんてことだ」
「きゃっ! な、なんですか、これ!?」
「グルナディーヌ、部屋から出ていろ!
ブランドロワはグルナディーヌを押しやると、着ていた上着で部屋の中を仰いだ。
たどり着いた図書室は、黒いほこりのようなもので埋め尽くされていた。
あちこちにくっついた黒いほこりは、部屋の隅から膨れるように増えて、本と本の隙間に入っていく。本に触れると、本が燃え終えたように炭化していった。
「魔法とかで、なんとかできないんですか!?」
「無理だ。このままでは、この世界が壊れてしまう!」
「壊れる? バグってこと!?」
本の隙間に入った黒いほこりを払おうと、本を本棚から抜き取ってみれば、本がじわじわと炭化した。触れている部分まで水が染み込むように炭化したので、花奏はついその本を放った。
ページが開き、花奏でも見ることのできた文字が、炭化して真っ黒になる。だが、一度真っ黒になったのに、再び白が広がった。
「これって……」
開いたまま落ちた本は、文字のあるページから、白紙のページに変化した。そこから、誰かが書いていくように文字が記されていく。
浮かんできた文字は、中学一年生の教科書みたいな、英語の文字だ。
「デバッグ?」
どこからかやってきた黒い虫たちは、本を作り直している。本のデータを書き換えているのだ。
皆は虫を退治しようと制服で叩いたり、どこからか持ってきた箒で叩き潰そうとする。ノワールに至っては、本でほこりを叩き潰していた。
「おい、本でやるやつがいるか!?」
「なくなるよりはマシだろ?」
文字を修正しているだけならば、そこまで騒ぎにすることもないと思うが、ただ、黒のほこりがどんどん増えていっている。図書室だけではなく、窓の外に吹き出して、空に浮かび始めた。
本の内容を変更しているだけではないのか。外に出ていくのならば、他のものにも影響があるのか。
世界が壊れると言うのならば、人が触れたら? 青藍が、触れたら?
「きゃっ!」
「グルナディーヌ!?」
グルナディーヌにその黒のほこりが降りかかった。。頭に当たったか、悲鳴を上げて床に座り込む。ブランドロワが慌てて制服でグルナディーヌを包んだ。しかし、それを囲むように、黒のほこりがどこからともなく降ってくる。
ノワールが後ずさった。ヴェールは呆然として、その様を見つめた。
グルナディーヌを庇うように、ブランドロワが倒れ込んだ。黒のほこりが、綿帽子が舞うようにふわりと浮かぶ。
「グルナちゃん、ブラン先輩!」
花奏はヴェールから箒を奪って、そのほこりを叩き落とした。だがふわふわ浮くだけで、すぐに二人に降り掛かろうとする。これではダメだ。意味がない。
目の前に降ってきたほこりに、花奏は叫んだ。
「燃えちゃえ!」
花奏の叫び声に、ほこりがポッと火花のように発火し、灰も残さず消え去った。
弓矢を手にしたときのように、炎が点いて、一瞬で消える。
ならばと、花奏は大きく叫んだ。
「全部、燃えちゃえ!」
本の上のほこりも、本棚の隅にあるほこりも、一瞬で火がついて、図書室がその光で灯された。
炎は本や部屋にはうつらず、燃やすものがなくなったようにくすぶると、あっという間に焼失した。
「グルナちゃん、ブラン先輩、大丈夫ですか!?」
二人は倒れたまま。ぴくりとも動かない。
肩を揺らしても、二人は目を開けない。グルナディーヌ抱きしめていたブランドロワの腕が、だらりと床に落ちた。
「ど、どうしよう。保健室に」
泣きそうになってヴェールとノワールに振り向けば、ノワールが飛びつくように、ブランドロワの口元に耳を寄せた。
「息はしている。気を失ってるだけだ。そっちも、息はしてる。おい、起きろ!」
ノワールはおもむろにブランドロワの頬をはたき始めた。ばちん、といい音がして、ブランドロワの頬が赤くなる。
「の、ノワール君、保健室連れて行った方が」
「どうにかなると思うか!?」
その言葉に花奏は何も言えなかった。ノーワルは遠慮せずに、ブランドロワの頬をはたく。
「グルナちゃん! 起きて!」
花奏もグルナディーヌの肩を揺すった。顔色に変化があるわけではない。人形のように力なくぐったりして、身動き一つしないだけだ。
だが、それが恐ろしかった。
「起きろ!」
ノワールの渾身の一撃が、ブランドロワの頬に当たった。真っ赤になるどころか、腫れ上がるような強さだ。けれど、ノワールは蒼白な顔をしていた。それほど力強く叩くくらい、ノーワルは焦っていたのだ。
「ノワール君、私、青藍に聞いてくる」
青藍がいる。青藍しかいない。
ノワールは、藁にでも縋るように立ち上がった花奏を見上げた。
「待て、動いたぞ!」
ヴェールの声に、二人に視線を戻す。
ブランドロワの眉がぴくりと動くと、続いてグルナディーヌもかすかに指を動かした。
「う、ううん」
「グルナちゃん! 大丈夫!?」
「あなたたち、どうされたの? 何が……」
「どうしたんだい。何があった?」
二人はゆっくりと起き上がる。グルナディーヌは床に転がっていたと気付いて、急いで立ち上がった。
ブランドロワは状況を確認するように、ゆっくり立ち上がったが、状況が掴めないように、周囲を見回した。
その姿を、ノワールがひどく睨みつける。
「何があったか、覚えてないわけ?」
「なんのことを……」
ブランドロワの返しに、グルナディーヌも困惑顔をした。床で寝転がっていたことを不思議がっている。
「黒い虫に覆われたんだよ。覚えてないの?」
「虫? 黒い虫とは?」
「なんの話ですの。わたくしたちが、一体、何を」
ブランドロワもグルナディーヌも、先ほどのことはまったく覚えていないと、なぜ寝転がっていたのだろうと、お互いに怪訝な顔を向けた。
「もういいよ。花奏、おいで!」
「え、ノワール君!?」
「そいつらと話しても無駄!」
ノワールはもう話す意味はないと、図書室を出て行ってしまう。
ヴェールは二人に、城の医者に診てもらった方がいいと説明した。二人はヴェールに任せて大丈夫だろうか。花奏は先に行ってしまったノワールの後を追うことにした。
「ノワール君!」
「花奏の守護神って、どこに住んでるの?」
「学園出て、すぐの森のところだけど。ねえ、何か知ってるの?」
「あいつら、どう思う?」
ノワールは花奏の質問に答えず、別の質問を口にする。振り向きもしないまま進んで、足早に学園を出た。
ノワールは、何に気付いているのか。もしかして、花奏と同じことを考えているのだろうか。
ゲームの中の住人。プログラムされた攻略対象。
先ほどの黒いほこりは、修正プログラムなのではないだろうか。
「さっき、あの女、私って言ってた。けど、倒れた後は、わたくし。おかしいだろ」
グルナディーヌがそんなことを言っていたか。思い出せないが、ノワールはしっかり聞いていたと、断言する。
「花奏、守護神のところに行って、今の話をするんだ」
「そのつもりだけど、ノワール君は」
「俺のところの守護神は、俺の話をまともに聞かない。顔を隠しているから、どんな顔かも知らない。教会みたいなところで、3Dのホログラムのような映像が見えるだけだ」
「それって……」
青藍とは違う、守護神。根本から違う。青藍は、最初から、花奏の話を聞いてくれていたのに。
それが、どれだけ特別なことなのか、気付かなかった。
ならば、どうして青藍だけが特別なのだ。
「いいから行け! 早く伝えろ。走れ!」
ノワールに押されて、花奏は鳥居をくぐった。ノワールはそれ以上入ってこない。入ってこられないと、鳥居の前で、早く行け! ともう一度言った。
花奏は走り出す。一度振り向いたが、そこにはノワールの姿がなく、急に不安になって、今度は後ろを見ないで走り続けた。




