18−2 祭典
「放っておきなよ。飯がうまいんだろ」
「ノワール君も結構食べてるけど、いきなり夢を語ったりとかしない?」
「しないよ。でも、いいんじゃん? 剣と建築? 真ん中のあいつは?」
「にこにこしてお茶飲んでる」
お弁当にはお茶が良いと思い、緑茶も用意した。靴のまま正座をして湯呑みを持っているブランドロワは、完全に花見に来て、酔っ払ったまま人の話を聞くおじいちゃんである。
「料理酒で酔うわけないでしょ。気にしなくていいよ。あんたも、自分の分食べたら? どこで材料揃えたの?」
「青藍のとこ」
「守護神? 守護神って、どんな感じ? 男?」
「男だよ。狐の耳と尻尾があるの。かわいいの」
「ふうん。男かあ。それは嫌な感じだな」
「男だとダメなの? 青藍はイケメン優しい、ちょっとツンがある、もふもふ守護神だよ?」
「ダメじゃない?」
「なんで!?」
「あ、これうまいな」
ノワールは話途中で、ちくわの磯部焼きを頬張る。
守護神で男がダメとはどういう意味だろう。考えながら、ふと目に入った女神像を見て、これが女神のための祭典だと思い出した。
「しまった。女神様にお供えしないで、先食べちゃったよ」
まだ手を付けていない酢飯と唐揚げを、使っていないお皿に置いて、女神像の前に持っていく。
足元の台座にナプキンを敷いて、花奏はお弁当をお供えした。
「ん?」
今一瞬、妙な音が聞こえた。機械音のような、ピ、ピ、と脈打つような音のようだった。
妙に背筋がぞわりとして、花奏は腕をこすった。肌が粟立っている。
どこから聞こえたのだろう。周囲を見回しても、何もない。空耳だろうか。
「どうぞ、女神様。先に食べちゃってごめんなさい」
手を合わせて謝ってから、まじまじとその女神像を見つめた。
しっかり顔を見たことがなかったのだ。
女神像はボブというより、おかっぱ頭。うっすら微笑み、ロングドレスをまとっている。裾は台座まで垂れて、足元は見えない。
女神にモデルはいるのだろうか。やはり誰かに似ているが、思い出せない。
誰だっただろう。
本などはなく、情報がないため、設定が薄すぎる感は否めない。
女神には装飾などはなく、頭の上に太陽の光のようなティアラをしていた。
そのティアラの下、こめかみの辺りにヒビが入っている。
思ったより古いのだろうか。気のせいかな、前より色が緑がかっているような気がする。苔でも生え始めたようだ。
「女神像で、時間の経過を表してるとか? 前からかな? ちゃんと見るの、初めてだし」
古びるとしても、乙女ゲーとして早すぎではなかろうか。
「壊れ始めてるとか、言わないよね……?」
まさかと思うが、不安になってくる。
ただのバグではなくて、実は少しずつ壊れ始めているとか? いや、花奏がこの世界に入り、壊れ始めたとかはないだろうか。
「いやいや。さすがにね」
だが、もしそうだとしたら、青藍はどうなるのだろう。一緒に消えてしまうのだろうか。
急に不安になってくる。青藍は大丈夫だろうか。
「……やだよ。そんなの。違う、違う。気のせい、気のせい」
じっと見つめていれば、にゃあ、と下から鳴き声がした。ノワールの猫が、花奏の足首に体を擦り付けている。
「猫ちゃんにもね、ちゃんとお弁当持ってきてるんだよ。きっと連れてくると思って」
猫は話を理解しているように、花奏を見上げて、にゃあん、と鳴く。すぐによこせと言わんばかりに、足首に尻尾をからめたが、ノワールに気付いてすぐに離れた。
ノワールが抱き上げると、猫が甘えるようにゴロゴロ喉を鳴らす。すっかりノワールの飼い猫になったようだ。
「女神にお供えしてんの、あんただけだよ」
猫を抱っこしながら、ノワールがお供えしたお弁当を眇めた目で見やった。
たしかに、誰も女神にお供えなどせず、食事をしながら楽しそうに話している。
「女神様のお祭りなのに、そういうことしないんだ?」
「女神は食事をしない」
「それで、なんでお弁当イベントなの……?」
「さあね。女神の考えることなんて、誰にもわかんないよ」
ノワールは適当だ。興味がないと言わんばかりに猫に頬擦りして、猫の喉をなでている。
食事をしない女神に、どうしてお弁当を食べるイベントを設定したのだろう。
「ダイエット?」
「ぶはっ。ああ、そうかもね。そうじゃない? 食べる必要がないんだよ」
「食べる必要がない……」
偶像だからか? アイドルはご飯食べない?
やはりダイエット?
食事ができない理由でもあるのだろうか。
「ねえさ、あんた、名前、なんて言うんだっけ?」
「今!?」
「うん。今」
なんてこと。ノワールは花奏の名前を覚えていなかった。ふらつきそうになるが、そういえば名前を呼ばれたことがない。
悪びれもしないノワールは、不敵に笑って返事を待っている。
「蒼井花奏だよ。あ、お、い、か、な、で!
「そっか。かなで、花奏、ね」
「ちゃんと覚えてよ」
「覚えたよ。花奏」
ノーワルの呼び声が、耳に響くように届いた。その破顔した顔に、目が逸らせなくなりそうになる。
気を許した相手だけに見せるような、微笑みとは違う、喜びの笑い。
なんという笑みを見せるのか。恐ろしすぎる、攻略対象の笑みの威力よ。うっかり射止められそうになった。
「恐ろしい。イケメンの笑顔……」
落ち着け、花奏。ただの微笑みだから。うちの青藍だって笑うでしょ?
「――いや、青藍の微笑みも、大概やばかったから」
「なあ、花奏ー、猫にやるエサってこれー?」
ノワールはいつの間にかシートの方へ行って、猫の餌を探している。笑いを見せて、相手を落とそうなどと考えていないところが、犯罪的である。
しかも、すぐに呼び捨てで呼んでくるのだから、乙女ゲーの攻略対象は危険だ。
「そっちの包みに入ってるよ。味付けしてない、蒸したお魚」
「へえ、ちゃんと花みたいになってる」
猫の餌は、バラ花びらのように重ねたものだ。それをカップから出してやると、猫はすぐに食いついた。
お弁当はまだ残っているが、グルナディーヌとブランドロワは二人で楽しそうに話していて、ヴェールはどこから出したのか、建築の本を読みながらお茶を飲んでいる。他の生徒たちも会話をしはじめていて、食事はあらかた食べ終えていた。
広間をぐるりと見回して、生徒たちの髪色を眺める。
「ローザちゃん、どこにもいないな」
お弁当を食べるのに来るのかと思っていたが、姿を見ていない。スマホもないので、呼ぶこともできない。
ここから見えない場所で、誰かと食べているのだろうか。
守護神について揉めたので、こういったイベントで会えないと、次話す機会がいつになるのか心配になった。
「他の友達と食べてるのかな」
「来てないんじゃない? 見てないし」
「学園内で見た気がしたが」
ノワールの返答に、ヴェールが混じると、グルナディーヌとブランドロワも話に気付き、見ていない、と口にする。
「あの女、神出鬼没だよね。それでときどき、急に近付いてくる。特に人が周りにいないとき。あんたらもあるだろ?」
ノワールはヴェールとブランドロワに問うた。ヴェールは、たまにあるな、と言い。ブランドロワは、そうかい? と首を傾げる。
「図書室なら、いるかもしれない。たまに俺も会う」
ヴェールはほとんど図書室にいるが、ローザはランダムだ。けれど、図書室にいる率は高いかもしれない。
守護神の話をしたときも図書室だった。
「そういえば、図書室って、消毒したのかな? 前に虫がいたんだけど」
「虫? 図書室にかい?」
「そうです。黒い、ふわふわしたやつで」
「なぜ、それを言わなかったんだ!」
ブランドロワが急に立ち上がった。眉を寄せた顔が、不穏を感じさせる。
「大変だ。急いで図書室に行こう」
「私も行きます!」
ブランドロワが走り出すと、グルナディーヌが後を走った。
何事なのか。ノワールも走り出すので、ヴェールと顔を見合わせて、二人で走り始める。
「ヴェール君は見なかった? 黒いふわふわした虫っぽい、ほこりっぽい、何か」
「見てない。なんであんなに焦ってるんだ?」
「虫は本を食べるからだ!」
ノーワルが走りながら叫んだ。
ブランドロワが図書室の扉を開けば、一瞬、煙のような気体が廊下にあふれた。




