16 食事
「ほこりがついている」
そのまま青藍のところへ行くと、頭の上を払われた。背中も叩かれて、痛みにさすりながら本殿に上がる。
「図書室で本探してたから、ほこりついた?」
「匂いもひどい」
「匂い!? なんかいつも臭いって言ってない? 今日は汗かいてないよ。制服!? 私!?」
「消毒臭い」
「消毒?」
図書室に虫がいたが、消毒でもしたのだろうか。臭いは感じなかったが。
制服が匂っているのか、腕を嗅ぐ。かすかに薬品臭いだろうか。気付かなかった。
「本はあったのか?」
「お弁当の本はあったけど、借りるほどじゃなかった。女神様の本はなさそう」
「……そうか。料理はどうするんだ?」
「私が作れるものでなんとか。とりあえず、カレー食べたい! ナンを作ろう!!」
やる気を出して見せたが、青藍は目をすがめていた。弁当はどうした。という無言の視線が痛い。
「まったく、無鉄砲というか、何も考えていないというか」
「青藍さん、聞こえております」
青藍はいいからついてこいと言って、花奏を促す。
廊下は前と同じで、ふすまが続く。その一つを開くと、すぐにキッチンだった。謎の間取りだ。
しかしそのキッチンに、材料などはない。なんなら道具もない。
「材料は、どうやって手に入れればいいのでしょうか」
「お前が望めば、何でも出てくる」
そんなバカな。と言いたいが、弓矢が出てくる現象と一緒だろうと言われて、納得する。あれから弓矢は出てきていないが、できるだろうか。
「カレーの材料を全部思い出してー。使う道具もー。圧力鍋最高ー」
目を瞑ってお願いしてみると、ぽぽんと出てくる。まさか青藍もこれでお茶菓子を手に入れていたのか。
「すごい、便利すぎない? もっと早く言って。ご飯が、私のご飯がここで作れたよ!」
「作れるとは知らなかったからな」
「カレーとナンを作りながら、明日のお弁当で作るものも練習しよう。明日は、朝早く来て作る!」
呆れ顔の青藍を横に、花奏は出てきたエプロンをした。制服にスパイスは飛ばしたくない。
エプロン姿になって、腕まくりをして、まずは強力粉を手にした。
「トマト、トマト。玉ねぎ」
「様になっているな」
「玉ねぎくらいみじん切りにできますー」
とはいえ、料理をするようになったのは高校に入ってからだ。中学は勉強で忙しかった。落ち着いたのが高一で、母親の手伝いをすれば、思ったより包丁さばきがうまかった。
青藍は数あるスパイスに興味を示しながら、手伝ってくれる。
たすき掛けをして着物をまとめている凛々しい姿よ。眼福である。それだけでビジュアルがぐっと上がる。
「いいっ!」
「お前、ときどき変な掛け声出すの、やめた方がいいぞ」
「着物男子は素敵だなって。興味なかったけど、間近で見るといい! 弓道の大会で集団で見るけど、それとは違う醍醐味」
「何、恥ずかしいことを言っているんだ」
青藍が呆れ声を出してくるが、生地をこねながら、頬をかすかに染めていた。
照れている。照れているのである。
頬を染めて顔を背ける仕草を見るだけで、なぜかこっちまで恥ずかしくなってきた。
なぜ、どぎまぎするのだろう。忘れていたが、青藍はイケメン攻略対象。妙な雰囲気になるのは当然なのか?
照れている顔を見ただけで、なぜ花奏まで鼓動が早くなるのだ。
「何か、鳴っているぞ」
「圧力鍋が終わった音! 赤いピストン落ちるまで待って」
「生地はどうするんだ?」
「ねかせて、フライパンで焼くよ!」
今のことは忘れておこう。攻略するために一緒にいるわけではない。一人でいる青藍が寂しいから、青藍を外に出してあげたいだけなのだ。青藍には、笑っていてほしい。
これは恋心ではない、はずだ。
だって、いつか別れるときがくる。
それを考えれば、恋なんて言えない。ここから出たら、二度と会って話すことはないのだから。
花奏は唇を噛み締めながら、生地を醗酵させるために、布を被せる。
圧力鍋からおろした具は、鍋で煮て、スパイスを入れて煮詰めた。
青藍に手伝ってもらいながら、カレーとナンができあがる。
「できましたー 食べてみよう。食べてみよう!」
チキンとトマトの入ったカレーと、バターナン。それからサラダなど副菜。試しに作ったお弁当のおかず。今日の夕飯である。
カレーのスパイスの香りと、バターの香りが鼻腔をくすぐった。久しぶりに料理の良い香りを感じた気がする。
「香りがすごいな」
「おいしい匂いだよ!」
庭の見える部屋に移動して、皿を並べた。
「おいしそー。いただきまーす」
まずはカレー。ナンをちぎって、カレーを漬けて口に運ぶ。
「くうっ」
久しぶりのスパイシーな料理に、したづつみを打つ。
「おいしー。最高。ナンも完璧です。青藍、食べてみて」
次いで揚げたての唐揚げを口にして、ジューシーな油に火傷しそうになりながら、肉を噛み締めた。
こちらの料理は煮込み料理ばかりなので、お肉はそれかベーコンくらいである。乙女ゲーにステーキは出ないのか、言いたくなるくらい肉料理が出ないのだ。
「おいしすぎる。青藍、食べないの?」
青藍は正座をしたまま、じっと花奏の食べっぷりを見つめているだけ。両手は太ももの上で、机の上に手を出しもしない。
「カレー嫌い? 食べたことない?」
「いや……」
歯切れの悪い返事。そして首を振って、料理を見つめる。
「毒なんて入ってないよ。おいしいよ? せめて、カレーだけでも食べない?」
スプーンを差し出すと、青藍は戸惑うようにそれを受け取って、スプーンの先に少量を乗せる。
じっとそのスプーンを睨むように見てから、ゆっくりと口に運んだ。
青藍が嚥下したのを、自分が飲み込んだように見つめていたとき、一瞬、光が通り過ぎたような気がした。




