15−2 女神
花奏は次の日、授業の後に図書室へ行くことにした。
グルナディーヌは、まだ欠席したまま。一人で廊下を歩いていると、ノワールが外で木を見上げていた。
さっき、一緒の授業受けてたよね? それなのに、いつの間にかもう外にいる。
何かを書いているのか、持っているノートに鉛筆を走らせていた。
カサリと葉を踏む音。猫がいる。
「ノワール君、何してるの?」
花奏の声に気付いて、ノワールは猫を肩に乗せて、こちらに寄ってきた。
持っていたノートには、今にも動き出しそうな猫が描かれている。やはり、絵が好きなようだ。
「うまいねえ。絵、描くの好きなんだね。前も描いてたし。もしかして、このノートにいっぱい描いてるの?」
ノワールは無言でノートを渡してくる。見ても良いようだ。猫がノワールの頭に足を乗せるのを気にせず、猫をかまっている。
猫といると、優しい微笑みをたたえるノワールだ。それを横目に、ノートを広げた。
猫、猫、庭園と猫、猫、猫。猫好きすぎる。
「あれ……、これ」
その中に、教室の絵があった。猫が机の上でくつろいでいる絵だが、背景が教室だ。
気になるのが、教室の机や生徒である。学園の机は重厚な長机で、二人用。前からは足が見えない作りになっている。しかし、絵にあるのは、普通の高校で使うような机だ。小学校から変わらない、一人用の机。
生徒も、学園の制服を着ていない。一般的なブレザーの制服。
イラストレーターが、中身などよくわからないだろうと、適当に現代の教室を描いたのだろうか。
教室のイラストはそれだけ。画面でははっきり出ないからと、一枚そんな絵を差し込んでおいたのか。
まるで、そこにいて描いたような、生徒たちの表情がリアルだ。
「弁当、作るの?」
その絵から目を離せずにいると、ノワールがいきなりそんなことを聞いてきた。
「え? 作るよ。ノワール君も作る、のか?」
いや、作らないよな。攻略対象が、お弁当を。
つい疑問系で口にすれば、ノワールも、「作るわけないじゃん」と、どうでもよさそうに、猫の喉をなでながら言ってくる。
「これから、図書室でお弁当の本探すんだけれど。一緒に行く?」
「行かない。あいつがいるだろ」
図書室であいつ、となると、ヴェールしかいないだろうか。ヴェールはいつも図書室にいる。ノワールは木の近く。猫と一緒が多めだ。
「みんながいる場所、たいてい同じ?」
言いながら、グルナディーヌも違うか。と思い直す。グルナディーヌとは一緒にいる時間が多い。寮が同じなのだから当然だ。寮という名の平屋の家で二人。その家には団地のように、隣家がある。庭を挟んで並んで何軒か建てられていた。他の生徒の住む寮なのだろう。だが、生徒が隣家を出入りする姿は見たことがない
ローザとブランドロワは、ランダムで現れる。決まった場所はない。学園内ならどこでもだ。
「男子って、どこに住んでるの?」
「そっちには住んでない」
さすがに女子の住む寮とは離れているか。ノワールは猫が首に巻き付くのをなだめて、腕の中に抱く。猫に意識がいっていて、花奏の話は軽く聞いているみたいだ。猫優先である。
ブランドロワもノワールも、男子寮に住んでいるのだ。ローザの兄弟情報をふと思い出して、頭の中で手で払いのけた。そんな話、どうでもいいことだ。
「あの女は?」
「あの女?」
「どこに住んでんの?」
「ローザちゃんのこと? そういえば、見たことないや。どこ住んでるんだろ」
とはいえ、守護神の森があるのは花奏だけで、グルナディーヌの守護神の居場所は知らない。乙女ゲー的にその辺りは端折られているのだろう。不備だらけ、バグだらけの乙女ゲーらしい。
なんといっても、花奏とグルナディーヌが住んでいる家は、目立つというか、外観がオシャレで見栄えのする建物になっている。隣家など周囲の家はモブ用と言わんばかりに、平坦で、淡い色で塗られていた。背景のワンシーンのように見えるほどだ。主要の物は目立つように作られて、それ以外は詳細ではない。だから他のキャラや守護神の住処は、決められていないのかもしれない。
「弁当、楽しみにしてる」
「え、ちょっと!?」
いかにもスチル狙いのような発言して去らないでほしい。ノワールは猫を頭に乗せたまま、校門の方へ行ってしまった。
「ノワール君は自由だなあ」
しかし、あの発言からするに、弁当の出来次第でスチルになるかならないか、決まりそうな気がしてくる。
だからといって、まずい弁当を作る気はないが。
図書室に向かえば、やはりヴェールがいた。相変わらず建築の本を読んでいる。真面目な顔をして、建物の写真集のような本を片手に、ペラリと音を立てて眺めている。
大抵の本は白紙だが、ヴェールの持っている本はそうではない。
図書室でスチルは、あり得ないこともない。そう思いながら、スチルの一枚絵を想像して、わざわざ中身など見せて描かないかと考え直す。
ならば、どうしてヴェールの持っている本は、中身があるのだろう。
「後ろから、気配なく近付かないでくれないか?」
ヴェールがすがめた目で花奏を見遣った。そんなつもりはなかったのだが、後ろから本の内容を眺めている時点で反論できない。
「今日は、何の本を探してるんだよ」
「まるで私が、ヴェール君を司書さん扱いしてるみたいな」
「違うのか?」
「そうです。お料理の本とか置いてないですか?」
「まったく。自分で探したらどうなんだ?」
ヴェールはため息混じりで本をしまい、料理のある棚を案内してくれる。ありがたい。ヴェールこそツンデレな気がする。背表紙の文字が読めないので、探すのに手間がかかるのだ。
「何で、料理? 寮に住んでるなら必要ないだろ?」
「今度、お弁当作るイベントあるんでしょ? 授業で言ってた」
「自分で作る気か?」
「え、作らないの!?」
「寮のシェフに作ってもらう。みんなそんなもんだろう?」
「シェフさんには会ったことないなあ」
先生は、女神様の祭りには、各自お弁当を持ってくるように。と言っていた。だが、持ってこいと言っていただけで、作ってこいとは言っていない。ならば、シェフに作ってもらうのはありなのだろう。
しかし、どこにシェフがいるというのだ。あの寮で会うのはメイドだけである。




