15 女神
「青藍、お弁当作りをすることになったのですが!?」
大声を上げながら本殿に入ると、花奏が帰ってくる頃に合わせて、青藍がお茶菓子を運びながら出迎えてくれていた。
お盆の上に乗っているお茶菓子は、お花の形をしたお菓子だ。お茶も点ててくれるようで、つい口角を上げる。
「女神に感謝するためだ」
「そうそう、女神に感謝するためのお祭りだって。そこでどうして、お弁当作りになるのか!」
いや、突っ込むまい。乙女ゲーとして、弁当を作るイベントが起き、好感度を上げるに決まっている。
「好感度なんて、上げても、だけどー。お弁当でわいわいはしたいよね」
「作るのか?」
「お弁当あげたくらいで誰かとくっつくとか、おこがましいと言うか、私がお弁当作ったくらいでどうこうなるとは思えないから、作っていい気もしてくる?」
「……やめた方がいいんじゃないか?」
青藍は慣れた手付きで、茶筅で点てながら反対してくる。背筋を伸ばして正座しながら、くるくると茶筅で混ぜている姿は、スチルのようだった。しかし、その顔に微笑みはなく、への字口である。
「ご機嫌斜めなの?」
何かあったのだろうか。わかりやすくふてくされている。
まだもふもふをしていないから? 最近、青藍の尻尾をもふもふしても怒られなくなったのだ。慣れたからというよりは、諦めているようではあるが。
いや、もふもふしないからって怒るわけがない。
ふてくされている顔をもかわいいので、眺める分には良いのだが。
青藍のへの字口を見ると、なぜかニヤついてしまう。性格が悪くて申し訳ないが、ぱぺにしてほしいくらい、子供みたいでかわいらしい。
ずっと不機嫌だと困るけれど。
「何かあった?」
「別に。ほら、作法など気にしなくていいから、温かいうちに飲め」
「いただきまーす。お茶菓子かわいー」
花の形の生菓子は柔らかくて、ほんのり甘く、濃いお茶によく合う。
「お花は、なんのお花? バラ?」
「椿だ。庭にある」
縁側から見える庭に、確かに椿の木がある。冬の時期に咲く花のはずだが、バラのような花びらの多い花が咲き始めていた。
暑さは感じないため夏ではないが、冬でもない。だが制服は長袖。今さらだが、秋から冬になっているのだろうか。最初に庭を見た時、ピンク色の椿の花は見なかった。
花びらの多い、八重の椿。どこかで見たような気もするが、思い出せない。
「それで、弁当は作るのか? 女神に感謝することにより、魔力を得られるよう願うのだから、作った方がいいわけだが。……作らなくてもいいと思う」
「それは、作らなければいけないのでは!?」
「魔力、必要あるか?」
「また蜘蛛ちゃんが来たらどうするの!!」
今は蜘蛛で済んでいるが、もっと強いモンスターが出てくるかもしれない。それを考えたら、魔力はあるだけ良いだろう。
「私の魔力が、本当にあるのかわかんないけど」
「しっかり測っておけば良かったな」
今さらである。花奏の当初の魔力はバラ色だったわけだが、再度測ったときは低めに出た。黄色だ。
「それで思い出したんだけど、順番が黒から始まって、白の方が低い、でしょ? あれって色による熱吸収性の違いについての、色の変化なんだよね。中学の実験かな? 乙女ゲーの問題、中学レベルで間違いないんだよね」
「中学……」
「中学っていうのはー、年齢によって入る学校が変わるのね。小学校、中学校、高校。王立学園は高校、だと思われ。はー、お茶おいしい」
「それは良かった」
青藍が穏やかに微笑む。その顔にどきりとしてしまうのは、ここが乙女ゲーの世界だからだ。そうに違いない。
制約があって外に出られないと花奏が知ってから、青藍は沈んでいるような雰囲気があった。普段通り振る舞っているように見えて、元気がない。
余計なことになったと思っているだろうか。だが、花奏は聞いて良かった。青藍の孤独を知らずに過ごしていることの方が、よほど嫌だ。
出してあげたい。この建物から、外に。花奏がこの乙女ゲーから脱出できても、青藍が一人にならないように。
それを考えると、なぜか胸が痛んだ。
この乙女ゲーから、一緒に出ることはできない。青藍とは、別れが来る。
せめて、それまでは、できるだけ一緒にいたい。
そう思う理由は、考えないようにした。
「どうした?」
「ん、んーん。これ、すごくおいしー。大好き」
「そ、そうか」
青藍は頬を赤らめて、庭園に視線を逸らす。褒められて、照れたのだろうか。その顔がかわいらしかった。
花奏は残っているお茶菓子を見つめる。いつも思うのだが、このお茶菓子はどこから運ばれてくるのだろう。まさか青藍が作っているのだろうか。
練り菓子を作る青藍。どら焼きを焼く青藍。かけをしたまま、生地を練る。今さっきもかけしたままお茶を点てていたので、あり得る。
「キッチンはあるの?」
「なければどこで湯を沸かすんだ」
ないわけではないらしい。やはりお茶菓子は自作か? 袴姿でキッチンに立つ青藍を想像して、いいかも、などと考える。
着物が汚れないように、たすき掛けをしてキッチンに立つ姿。
「いいかも」
「何がだ」
「いえ、なんでもありません。キッチンあるなら、お弁当作りしようかな。女神様にお供え。どこにお供えするんだろう。女神様って学園の広場にあるから、あそこ? なんで女神なんだろうねえ。ハートのモニュメントあるし、乙女ゲーだからかな。恋愛の女神的な」
女神にお供えをして、しかし男性陣に振る舞うイベントである。つまり、守護神や男性陣の好感度を上げるイベント。
「餌を撒いて、男の子を引っ掛けるという、下心満載イベント」
「だったら、やめたらどうだ?」
再び青藍がへの字口になった。
「引っ掛けないし、引っ掛からないって。それより、グルナちゃんに食べてもらいたい! 私の手料理を!! だって、犯人捕まってないんだよ。あれから会ってないし、休んでるの。グルナちゃん、何好きかなー。女神様にお供えだから、女神様が好きなものも入れないと? 女神様は、何が好きなのかな。メニューを考えないと」
「なら、お前は何が好きなんだ?」
「カレーとバターナン」
「……弁当にはしないでくれ」
カレーとナンを弁当にしてもいいと思うのだが、青藍が反対するのでやめておいた。だが、カレーは食べたい。
「図書室にお弁当の本とかあるかな。女神様が、何を好きなのか調べよう。お茶ごちそうさまでした。また来るね!」
「……ああ」
青藍がゆっくりと口元を綻ばせる。
いつも通り、本殿の出入り口まで来て、花奏を見送った。
手を振れば、振り返してくれる。
「うれしそう、だったかな? お弁当の前に、青藍に何かおいしいもの作りたいなあ」
青藍を外に出すという方法はまだ見つからないが、少しでも寂しさを埋められるように、彼の側にいたかった。




