14−3 守護神
「グルナちゃんに用だったの?」
「また勉強会しないのかなって思って。私、授業についていけるか心配で」
勉強会で教科書を読んでもらえれば、花奏も勉強はできるのだが、グルナディーヌがどれくらいの間保護されているのかはわからない。
「グルナちゃんは難しいと思う。他の子に声かけてみれば?」
「男の子に声をかけるの、ちょっと恥ずかしい」
「そっかあ」
そう言いながら、いや、前声かけてたよね? と口にしかけて開いた口を閉じた。さすがに意地が悪いか。
ローザは残念そうに肩を落として、ブランドロワさんとも一緒に勉強したかったな、とつぶやいた。
目的はそちらのようだ。前回、ローザはブランドロワと二人で何かを話していた。その前もブランドロワに話しかけていたので、ローザはブランドロワが好きなのかもしれない。
グルナディーヌのことがあるので、花奏はそれを突っ込むのはやめた。協力してなんて言われたら、目も当てられない。
「ねえ、ローザちゃんて、役目はなんなの?」
「なあに、突然」
「みんな役目があるって聞いたから、ローザちゃんは何を目的にしてるのかなって」
ふと思い出して聞いて見ただけだが、ローザは笑顔を貼り付けたままで、首を傾げてくる。
ローザは時折、そんな顔をした。ブランドロワとも、ノワールとも違う、完璧な笑顔。
ローザの瞳はローズクォーツのようなピンク色をしているが、その目を見ていると、なぜか背筋に汗をかきそうになる。
「私は、聖女だよ?」
「ローザちゃんも?」
「聖女は一人だよ」
「一人……」
聖女ポジションは一人で、椅子取りゲームということならば、ローザがライバルということだろうか。
「聖女って、何だか知っている? 慈悲を与える者なの」
「へえ……」
「そう。みんなを幸せにするんだ」
「な、なるほど?」
つまり、心を癒す、セラピーみたいなものだろうか。治療士と違うのだから、癒しを行うとしても身体的なものではない。
ローザの言葉は抽象的すぎて、聖女がなんの役目なのかはっきりわからなかった。聖女という言葉で納得していたが、何をする者なのか聞いていない。
青藍に聞いてみるか。
ローザは崩れない笑顔のまま、花奏をじっと見つめてくる。
その顔は愛らしいのかもしれないが、花奏にはどうにも直視しにくかった。妙な圧迫感を感じるからだ。
まるで、虚空をのぞいているような。
「ね、ブランドロワさんとノワールさんがご兄弟って話、聞いた?」
「は?」
突然、脈絡のない話を出されて、花奏はつい強めに声を出してしまった。その声は気にならなかったか、ローザは、私も聞いたばかりなんだけれど、と小声で続けた。
「ノワールさんって、実はこの国の王子様らしいの」
「へ、へえ。そうなんだ」
なんだ、その裏設定みたいな話は。
黒と白。表裏一体の色合わせはそのためなのか。
ローザは、だから仲が悪いように見えるのかな。と憂いげにした。
「お母様が違うみたい。ブランドロワさんは正妃様のお子様で、ノワールさんは別の方のお子様。だから、お母様と一緒に外の国に出されたとか。グルナディーヌ様もきっと知ってるのよね。ノワールさんのこと、嫌がっているみたいに見えるし。ノワールさんもブランドロワさんのこと嫌がっているもの」
聞いていてコメントしづらい。花奏は詳しく聞かずに、ふうん、とだけ返す。
「グルナディーヌ様は、怪我はなかったの? 襲われたって聞いたけど」
「知ってたの?」
「それで聞いたの。ご兄弟なんだ、って」
それで? どういう意味だ。
花奏が眉をしかめるのを見ていないのか、ローザは気にせず続ける。
「グルナディーヌ様はブランドロワさんの婚約者候補だし、狙われて当然かもねって。……あ、ごめんね、私もさっき聞いて、びっくりしちゃったから」
まるで、ノワールが犯人のように聞こえて、花奏は眉を寄せた。さすがにその顔に気付いて、ローザは謝ってくる。
「そういう話はしない方がいいと思う」
「そうだよね。ノワールさんが犯人のはずないし」
天然なのか、声を高らかにそんなことを言ってくる。
ローザが男の娘で、攻略対象ではないかと思っていたが、ブランドロワを狙っているあたりライバルポジションだ。
だからなのか、ニコニコ笑顔を花奏に向けて、攻略対象の印象を悪くするような話をしてくる。
ノワールを悪く言う話を聞いていられなくて、花奏は別の話に切り替えた。
「ローザちゃんの国って、どんな国なの?」
「え、普通だよ?」
その普通を聞きたいのだが、ローザは再び会話を戻す。ノワールさんって、ちょっと怖いよね、と花奏に同意を得るように聞いてきた。
攻略対象ではない、たとえばライバルポジションでも、準ライバルとしたら、悪意を垂れ流してくるのだろうか。
花奏は同じ会話を繰り返させないように、別の質問をした。
「ローザちゃんの守護神って、どんな感じなの?」
「素敵な人だよ。とっても優しいの」
「守護神って、建物から出られないものなのかな?」
「当然だよ!」
ローザは一際大きな声を上げた。咎めるような口調ではないが、肯定を強調するかのように、大袈裟に両手で拳を握りしめる。
「守護神様は特別だよ? 役目を持っているんだから、その役目を放棄しちゃダメでしょう!」
「役目持ってたら、外に出ちゃいけないの? おかしくない?」
「なんで?」
ローザは平然と問うてきた。まるで何も疑問に思っていないかのようなセリフ。
これは、NPCと同じとみるべきだろうか。ヴェールが若干バグったかのように感じたのと一緒で、ローザに至っては否定すら思い付かない。まるで、他人の意思など許さないような、断定された答え。
頑なな反応が、他のキャラより強い気がする。
ローザは胸の前で両拳を握ったまま、笑顔で静止している。微動だにしない姿に、寒気がした。
「でも私は、守護神を外に出してあげたい」
「ダメに決まってるじゃない」
それでも意見を押せば、ローザの笑顔が一瞬引き攣った気がした。ローザは頑なに、笑顔で、否定してくる。
「なんで、そう思うの?」
「ダメに決まってるからだよ。面白いこと言うんだね」
笑顔は変わらない。だが、もう話は終わったと、ローザは視線を前に向けて先に行ってしまった。まるで、花奏がいない者とするように。
NPCの反応とはまた違っているのが、逆に不気味だ。
何か、こだわる必要があるのだろうか。あそこまで言われると、怖さすら感じる。
「役目って、守護神は確かに守護神って役目かもしれないけど」
はっきり反対されているのにしつこく言うと、システムがエラーをはく可能性は否めないか。
外に出るとバグるのだろうか。だが、青藍は、外へ行けないと悲壮な顔を見せた。
出してあげたい。外の世界を見せてあげたい。
彼女たちがバグるよりも、青藍を外に出してあげたいという気持ちの方が強かった。
「だって、あの森の奥から出たことがないんだよ?」
ずっと一人で、閉じ込められて、寮に帰る花奏を、建物から、ずっと見ていて。
「いっ……」
突如、耳鳴りがして、頭に激痛が走った。
目を瞑れば、チカチカと光が明滅する。
強い光に照らされて、どこかの床の模様のようなものが見えた。けれどすぐに暗転して、何も見えなくなる。
痛みは一瞬だったが、冷や汗が流れた。
「なんだろ、今の」
どこかで見たことがあるような、けれど思い出せない。
じんわりと湿った汗が、やけに不快な気持ちにさせた。




