13 制約
「せいらーん。せいらーーーん。せいらああああん!」
「わかった。うるさい。何度も呼ぶな」
「青藍!」
「尻尾にしがみつくな!」
「だってええ、大変だったんだよおお!」
「今度は何だ! お前、また変な匂いするぞ!?」
「え、汗臭いかな。汗臭いかもー。鼻つまんでていいから、話を聞いてええ」
青藍に飛びついて、尻尾にしがみつけば、青藍が剥がそうとしてくる。花奏がしつこくしがみついていれば、諦めるように花奏を引きずって、部屋の中に移動した。
最近、乙女ゲーにあるまじき、扱いが雑である。
「和菓子を出してやるから、離せ!」
「はあい」
お茶が出てくるのならば、静かに待つ。青藍の尻尾を離し、お茶菓子が出てくるまでちゃんと座布団の上に座った。
一度、手伝おうとしてついていったら、部屋にいろと追い返されたのだ。乙女ゲーム的に、お茶を入れる場所が作られていないのかもしれない。
「これだけバグがあるなら、作られてない部屋は多そうだよね」
何せ、部屋の作りだってバグレベルだ。
ベータ版だと思っていたが、もうベータ版として扱った方がいいだろう。
カツン、とししおどしの音が鳴り響く。
縁側から見える、庭園の風景はいつも通りだ。ちぐはぐな庭園だが、少しでも日本のものを見ると、心が落ち着く。ししおどしの音も耳に心地よい。
青藍はすぐにお茶菓子を持って現れた。
「青藍って、お菓子嫌いなの? いっつも自分の持ってこないけど」
「食べないからな」
「そうなんだ」
せめて、お茶くらい自分のを持ってくればいいのに。青藍はきちんと正座をして、両太ももに自分の手をのせた。
姿勢は美しく、所作もまた美しい。
神社に住む狐の守護神らしく、動きが洗練されている。
だから、物を食べる姿を見せないのだろうか。お茶とお菓子を持ってくるのだから、スチルであるとか? 攻略が進めば、そんなシーンが出てくるのかもしれない。
仲良くなりたいが、攻略となると、一緒にお茶を飲むのは無理そうだ。それはそれで、寂しさを感じる。
縁側でゆっくりお茶をしたり、のんびり庭園を眺めたりはできないわけだ。
ただ、一緒にいて、話がしたいだけなのに。
「それで、何があったんだ?」
「そうそう、今日、大変だったの!」
花奏は、グルナディーヌが襲われて、その犯人を追っている途中に、地下に落ちたことを伝えた。
「それで、蜘蛛を追ったら、透明の扉があって中に入ったの。真っ白な廊下に、奥に部屋があって……、青藍?」
話していたら、青藍が真っ青な顔になった。吐き気でもするのか、口元を手で覆う。
「大丈夫? 体調悪いの?」
「なんてことを……」
青藍はつぶやきながら、混乱したように額を押さえた。バグがよほど深刻なのか、ぶるぶると震え出す。
「青藍? あの白い廊下が何なのか、知ってるの?」
乙女ゲーには不似合いな、白い廊下。校舎のように、バロック様式で絢爛な作りではない。無機質な廊下だ。
まるで、学校か研究所か、なんなら刑務所か。そんな想像さえしてしまいそうな、何もない廊下。異質な空間。
青藍は震えるだけ。何も言ってくれない。
何か、重要な物でも、あの廊下の先にあるのだろうか。
「バグじゃないの?」
「バグの意味はわからないが、余計な真似はするな……」
「でも、また起きかもしれない。攻撃してきた人は誰かわからないし、攻撃されて床が崩れたんだもの。また地下の迷路に落ちたら、今度こそどうなるかわからないよ」
「それは、そうだが」
けれど、青藍は首を振って、黙りこくってしまう。
黙っていられたらわからないし、余計な真似をしたくなくとも、勝手に地下へ落とされたのだ。花奏がどうこうできる問題ではない。攻撃されたら、花奏だってどうなるかわからないのだから。
あそこに何があるのか。また迷路に行けば見つかるものなのか。
青藍は顔色悪く沈黙したままで、花奏は答えの出ない問いにイラつきを覚えた。
「じゃあ、もう一回行って調べてくる!」
「え、待て、おい!」
花奏は立ち上がると、部屋から飛び出した。
「待て、やめろ!」
花奏は出入り口の部屋から出て靴を履く。そのまま本殿を後にしようとしたとき、後ろでバチン、と青藍が弾かれたのがわかった。
「え、青藍!?」
青藍がもんどりを打つように、畳に背中を打って転げた。
一体何が起きたのだ。
花奏があの廊下を進んだとき、見えない空気の層にぶつかって転げたように見えた。
本殿の出入り口が、花奏は普通に通り抜けた空間が、渦巻いたような波紋を広げて、何事もなかったように消えていく。
花奏はそっと、その戸枠の中に手を伸ばした。
今、花奏はこの戸枠の中を通って、本殿を出たのだ。何かあるわけではない。
だが、青藍が通ろうとしたら、弾かれて、何もない戸枠の中、空中で、波紋が広がった。
「青藍、今のは……?」
「俺は、ここから出られないんだ」
青藍は顔を歪めて、花奏から視線を逸らした。誰にも言いたくなかったように。
「何で、どうして!?」
「役目を負っているから」
「役目って、守護神ていう役目? 役目だと出られないって、どういうこと?」
意味がわからない。
守護神だと、建物から出られない?
守護神だから、守護神のいる本殿から出られないと言うのか?
青藍はゆっくりと、戸枠に手を伸ばす。人差し指が何かに当たったように、何もない場所で波打った。その青藍の人差し指に反応して。
出られない。バリアのようなものが貼ってあり、花奏は行き来できるのに、青藍はできないのだ。
まるで、ここに閉じ込められているかのように。
いや、閉じ込められているのだ。
「どうやったら出れるの?」
「出られない」
「方法もないの?」
青藍は首を振る。ここから出ることはないのだと。
「いいんだ。俺はここを守りたいから。その役目を担っているから」
どうして、なぜそうなるのだ。
それを聞いて、なんだか無性に腹が立った。
バグだらけの乙女ゲーのくせに、外に出られない? 役目があるから?
床が落ちて、地下に繋がるようなバグがあるくせに、建物から出られないなどと、おかしな話はないだろう。
守護神のいる敷地には、その世界の人間しか入ってこない。ならば、花奏以外、この本殿に入ることはないのだ。
花奏がいない間、青藍はずっと一人。たった一人で、この建物にいる。
「……わかった」
「え?」
「私が、必ず出してあげるから!」
だって、この乙女ゲーはバグだらけだ。どうにかすれば、青藍も本殿から出られるかもしれない。
「毎日ここに来るからね。嫌だって言っても来るから! だから、出られるまで待って」
「そんなの、無理だ」
「無理じゃないよ。だって、私しか話す人がいないなんて、寂しいじゃない。必ず出してあげる」
花奏が青藍の手を両手で握ると、青藍は顔を歪めた。
「だから、青藍、待ってて」
花奏の言葉に、泣きそうな顔をして、花奏の手を握り返してくれる。
「それまで、毎日会いに来るからね。約束する!」
「気を付けてくれ……」
か細い声と共に、青藍は微かに頬を染めた。
その顔を見ただけで、痛いくらいに胸が熱くなった。
この気持ちがなんなのか、服の上から握りしめて、神社を後にした。




