第22話 白鐘の礼拝堂も、余命七日でした
昨日、サンクトイーターは倒した。
その残骸から、くーちゃんが《聖女の涙杯》ティア・カリスを見つけた。
横から回収しようとした聖務院とは、少し揉めた。
アリアが石畳に一本線を引いてからは、誰も近づいてこなかったけど。
そもそも、命を張って倒した魔物の中から俺たちが見つけたものだ。
いきなり持っていかれる筋合いはない。
リリアナがティア・カリスを使い、ガイの命は繋ぎ止めた。
でも、あいつはまだ帰ってきていない。
【状態:聖眠】
【覚醒:不可】
もう一つの聖杯、《オラ・カリス》が必要らしい。
騒ぎが収まった頃には、俺たちも限界だった。
ガイを旧施療所へ運び、そのまま一晩休むことにした。
そして、翌朝。
ガイは、まだ眠っていた。
旧施療所の奥。
簡素な寝台の上で、胸だけがゆっくり上下している。
呼んでも、目は開かない。
俺はもう一度、鑑定を向けた。
【生命活動:極低下】
【状態:聖眠】
【覚醒:不可】
……昨日と同じか。
寝台の脇では、くーちゃんがガイの手へ鼻先を寄せていた。
朝飯用に包んでおいた焼き芋を取り出すと、耳だけがぴくりと動く。
……忙しいな、お前。
ガイを見る。
焼き芋を見る。
もう一度、ガイを見る。
「食べるか?」
「きゅ」
小さくちぎって差し出すと、ぱくり。
ほくほくと食べ終わってから、またガイの手元へ戻っていった。
……心配と朝飯は、別らしい。
リリアナが、ガイの脈を確かめながら顔を上げた。
「透矢さん。ここでは、長く持たせられません」
「《聖眠》でガイを留めてるんじゃないのか?」
「留めてはいます。でも、《聖眠》は本来、救命結界の中で維持するものなんです」
リリアナの指が、ガイの手首から離れる。
「ここには、それがありません」
「救命結界か……。どこか使える場所は?」
リリアナが少し迷ってから、口を開いた。
「……白鐘の礼拝堂なら」
そこは、リリアナが聖女だった頃に管理していた救命礼拝堂らしい。
黒層ダンジョンの古い出入口に近く、負傷した探索者や、聖都の重傷者を何人も受け入れてきた場所。
「ただ……ずっと維持費が足りなくて」
「維持費?」
「払えない患者さんからは、いただけませんでしたから」
……なんとなく事情が見えた。
「奇跡を失ってからは、聖務院からの支援も止まりました。もう一か月近く、まともに使えていません」
「それでも、救命結界はあるんだな?」
「はい。結界そのものは残っています。ただ、今は使えない状態で……」
リリアナが少しだけ目を伏せる。
「それでも、白鐘以外に救命結界はありません。何とか動かせれば、ガイを安定させられるはずです」
それなら、迷う理由はない。
「行こう」
***
ガイを担架へ乗せ、聖都の外れへ向かった。
前を持つのはアリア。
後ろが俺。
……重い。
「透矢、遅いわ」
「お前が軽々持ちすぎなんだよ」
呪いが消えた剣聖の腕力に、Fランク鑑定士の腰はついていけない。
担架の上では、ガイが崩れたリーゼントのまま平和そうに揺れている。
……起きたら運び賃を請求してやる。
坂を上りきったところで、白鐘の礼拝堂が見えた。
名前は、かなり立派だった。
建物は、かなり立派ではなかった。
屋根は一部崩れ、窓は割れ、壁は蔦だらけ。
鐘楼も、見ていると少し不安になる角度に傾いている。
「……ここなのか?」
「ここです」
リリアナの声が少し小さい。
アリアが鐘楼を見上げた。
「風通しは良さそうね」
「屋根に穴が開いてることを、そう表現するのか?」
くーちゃんは気にせず中へ入った。
「くしゅっ」
すぐに埃に負けた。
「お前が最初の患者になりそうだな」
「きゅ……」
礼拝堂の奥には、崩れかけた祭壇が残っていた。
床にはかすれた白い紋様が広がり、古い柱にも術式らしい線が残っている。
リリアナが、その前で足を止めた。
「これが、白鐘の救命結界です」
「これが?」
どう見ても、動いているようには見えない。
「以前、聖務院にも調べてもらいました。でも、停止している原因が分からなくて……」
リリアナが床の紋様へ視線を落とす。
「復旧は難しいと言われました」
……結界は残っている。
でも、原因不明で止まったまま。
「とりあえず、見てみるか」
祭壇へ鑑定を向ける。
【結界跡】
【復旧:不可】
……聖務院が見たのも、たぶんこれか。
普通に鑑定するだけなら、俺にも同じものしか見えない。
アステリアも、グランヴァルトもそうだった。
最初に見えていた評価が、本当の姿とは限らない。
俺はもう一度、祭壇を見る。
剣や盾には、《本来評価》があった。
だったら――結界にも?
「くーちゃん」
「きゅ?」
「建物でもいけるか、試してみよう」
ボーロを一粒差し出す。
「きゅ!」
もぐ。
白い光が、礼拝堂の中へ広がった。
床の紋様。
古い柱。
崩れかけた祭壇。
その表面が、ゆっくり一枚めくれていく。
【表面評価:結界跡】
【本来評価:白鐘救命結界】
【状態:停止】
【停止要因:結界封鎖印】
【剥離可能】
「……出た」
思わず声が出た。
建物でも、見える。
正確には、そこに組み込まれた結界そのものにも《本来評価》がある。
「透矢さん?」
「これ、壊れてない」
祭壇の奥。
古い聖印を覆うように、黒いラベルが貼りついていた。
「止められてるだけだ」
その端を掴む。
建物相手に剥がすのは初めてだ。
……頼むぞ。
べりっ。
祭壇の下から、白い線が走った。
眠っていた紋様が床を伝い、礼拝堂全体へ広がっていく。
古い柱に光が灯り、崩れた壁の内側へ薄い膜が張られた。
頭上で、蔦に埋もれた鐘が小さく鳴った。
りん、と。
「……そんな」
リリアナが口元を押さえた。
「結界が……戻っていきます」
白い光を目で追い、それから俺を見る。
「これが、透矢さんの《本来評価》なんですか?」
「俺も今、初めて知った。まさか結界にまで効くとは思わなかった」
「この人、たまに自分でも分かってないことをするのよ」
アリアが、なぜか少し得意そうに言った。
「きゅ!」
足元で、くーちゃんまで胸を張る。
「お前が一番得意そうだな」
ガイを担架ごと結界の中心へ運び込む。
白い光が身体を包むと、浅かった呼吸がゆっくり整っていった。
【状態:聖眠】
【聖眠状態:安定】
「……よし」
ここなら、ガイを守れる。
あとは、オラ・カリスだ。
「待ってろよ。すぐ起こしてやるからな」
***
少しして、礼拝堂の中を片づけていると、くーちゃんが入口の蔦へ頭を突っ込んだ。
「きゅ?」
ごそごそしたあと、赤い札を咥えて戻ってくる。
「今度は何だ?」
俺の前へ、ぽとり。
蔦の奥から、赤い札が出てきた。
【差押予定通知】
【対象:白鐘の礼拝堂】
【初回必要額:銀貨二百枚】
【執行まで:七日】
「……七日?」
リリアナの顔が曇った。
「……やっぱり、来ていたんですね」
「知ってたのか?」
「昨夜、聖務院が白鐘を差し押さえると声明を出したと聞いて……」
リリアナが魔導端末を開く。
【旧聖女リリアナ管理下・白鐘礼拝堂】
【長期延滞に伴い、七日後に差押執行】
偽聖女が倒れた、その夜に。
助けには来ないくせに、取り立てだけは早い。
アリアの目も冷たくなる。
「本当に、汚いことばかりするわね」
「……礼拝堂ごと押さえれば、ティア・カリスまで回収できると思ってるんじゃないか?」
「渡す必要ないわ」
アリアが即答した。
「聖杯は、私たちが倒した魔物から見つけたものよ。それに今は、ガイを繋ぎ止めている」
奥を見る。
白い救命結界の中で、ガイが眠っている。
ここを取られたら、あいつが帰ってくる場所までなくなる。
「……銀貨二百枚か」
今の俺たちには、途方もない額だ。
でも、ガイを起こすためにオラ・カリスを探す。
その間、こいつが帰ってくる場所も守る。
どっちも必要だ。
「七日で稼ぐ」
赤い札を握る。
「ガイが帰ってくるまで、白鐘は取らせない」
「きゃん!」
くーちゃんが勢いよく胸を張った。
「お前も働くんだぞ」
「きゅ!」
……まあ、何とかなる。
アリアの呪いも解けた。
あいつがいれば、探索だって前よりずっとやりやすい。
「な、アリア」
振り返る。
「……何?」
「いや。何でもない」
妙にそっけない。
アリアはそれ以上何も言わず、礼拝堂の奥へ視線を戻した。
その指先だけが、何かを数えるように、かすかに動いていた。
ガイは、絶対に起こす。
白鐘も守る。
やることは決まった。
ただ、深紅の髪を耳へかけたアリアの横顔は、妙に真剣だった。
何を考えているのか。それだけが、少し気になった。




