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その6 本当の目的地

目的地が見えてきた。


女の子の足取りは、自然と軽くなる。


疲れていたはずなのに、足はどんどん前へ進んだ。


「もうすぐ、ママに会える。」


そう思うだけで、胸がぽかぽかする。


正午を少し過ぎたころ。

太陽は高いところからまっすぐ光を落とし、

影は女の子の足元に小さく寄り添っていた。

踏み出すたびに、その小さな影がちょん、と揺れる。



通りに並ぶ色とりどりの花が、女の子の目に飛び込んだ。


小さな花屋さん


女の子は立ち止まり、「とん、とん」と軽く跳ねた。

足元の影は、靴の裏にくっついているみたいに短く、

それでも女の子の動きに合わせて、ちいさく踊った。


「ママに、お花を買っていこう。」


そう思って、リュックからそおっと財布を取り出す。

この財布は、パパが買ってくれた大切なもの。

少しだけ緊張しながら、ぎゅっと握りしめた。


お店の中には、いろんな色のお花が並んでいて、

その色が光に照らされて、

まるで小さな光のつぶがゆっくりと空気の中を泳いでいるみたいだった。


香りがやさしく重なって、上のほうから降りてくる。


女の子は胸のあたりがぽっとあたたかくなって、

「ここ、きれいだなぁ……」

そんな気持ちが静かに広がっていく。


「何のお花がいい?」


お花屋さんが優しく聞いた。


女の子は、並んだ花をじっと見つめる。


「ママの好きな色。」


その一言で、お花屋さんは、やさしいピンク色のガーベラを一輪選んでくれた。


「このお花の花言葉はね、『希望』。」


女の子は、大事そうに花を受け取る。


「希望って?」


「これからきっと、いいことがあるよっていう願いだよ。」


女の子は、花を見つめて、にっこり笑った。


「ぴったり。

 わたし、お姉ちゃんになるの。」


女の子は少しはにかんだ。



「ママ、喜んでくれるかな。」


胸の中でそっとつぶやくと、

ガーベラがふわりと揺れて、

まるで「もちろんだよ」と答えたみたいだった。


女の子は、少し背伸びをするようにして目的地を目指した。


街のざわめきも少しずつ静かになっていた。

足元の影は、短いまま、女の子の歩みに合わせてちょこちょことついてくる。

その中を、女の子は小さなガーベラを胸に抱きしめながら歩いていた。



じいじとばあばの車は、角を曲がったところでその姿を見つけた。


「おった……!」


じいじは思わず声を漏らし、

ハンドルを握る手に力が入った。

車を止めようとブレーキに足をかけた瞬間、

ばあばがそっとじいじの腕に手を置いた。


「あともう少しじゃけえ。

 あの子の冒険を、最後まで見届けましょう。」


じいじは驚いたようにばあばを見る。

ばあばの目は、やさしくて、でもどこか強い光を宿していた。


車はゆっくりと速度を落としながら、

女の子の横を静かに通り過ぎた。


女の子は気づかない。

ただ前だけを見て、まっすぐ歩いている。

足元の影は、ちいさく、でも確かに寄り添っていた。

その小さな背中は、どこか誇らしげだった。




車を駐車場に止めると、

じいじはドアを開けて駆けだそうとした。


「迎えに行かんと……!」


けれど、ばあばがその腕をしっかりとつかんだ。


「待ちなさい。」


じいじは振り返る。

ばあばは首を横に振った。


「あの子の目的地は、ママのところじゃ。

 ここで声をかけたら、冒険が途中で終わってしまう。」



ばあばは、静かに玄関へ向かって歩き出した。


その背中は、

娘を想う母の背中であり、

女の子の冒険をそっと支える祖母の背中でもあった。


「娘の部屋で迎えてあげましょう。

 あの子が辿り着いたその瞬間を、ちゃんと受け止めたいんよ。」


じいじは、ばあばの言葉を胸に刻むようにうなずいた。


受付へ向かい、

「すみません……今、小さな女の子が一人で来ると思うんですが、

 あの子の家族です。

 ママの部屋へ向かっとるはずなんです。」

と伝えると、受付の人はやさしくうなずいた。


「はい、確認しておきますね。

 おじいさまもお部屋へどうぞ。」


じいじは深く頭を下げ、ばあばの後ろ姿を追いかけた。




女の子は、病院の玄関を見上げた。

そのとき、スマホがぽん、と小さく震えた。


画面には、いつも道を教えてくれる“友達”が、

やさしい声で、


「目的地に到着しました。」


そして、女の子だけには、

ほんの少しだけ違う響きで聞こえた。


“長い道のり、おつかれさま”


女の子は小さく笑う。


「ありがとう。」


すると“友達”は、いつもの声で言う。


「案内を終了します。」


“今日は、よくがんばったね”


少しだけ間があって、


画面にそっと文字が浮かんだ。


“本当の目的地はこの先をまっすぐ。

 ママのいる部屋まで、あと少し”


女の子は、胸に一輪のガーベラを抱きしめる。

少しだけ深呼吸をした。


そのとき――


ふと足元を見た。


いつもなら寄り添っているはずの影が、そこになかった。


病院の玄関からあふれる白い光の中へ、一歩踏み出したその瞬間、

影は、光に溶けるように見えなくなっていた。


「もう、ひとりで歩けるからかな。」


女の子は、小さく微笑む。


ガーベラを胸に抱きしめた。

そして、自分の足で、ママのいる部屋へ歩き出した。


その一歩は、昨日までより、少しだけ大きかった。

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