その5 足跡をたどって
じいじが気づいたのは、
家の中の“静けさ”だった。
いつもなら、
廊下のどこかで小さな足音が跳ねている。
ぬいぐるみを抱えた影が、
部屋の角をふわりと通り過ぎる。
でも今日は――
その気配がない。
じいじは新聞をたたみ、ゆっくりと立ち上がる。
「どこ行ったんじゃろうか。」
声は小さいけれど、
胸の奥には少しだけ心配が宿る。
ばあばはあわてない
ばあばは、台所でお茶を淹れていた。
じいじの声を聞いても、慌てる様子はない。
「大丈夫よ。あの子は、ちゃんと自分で歩ける子じゃけえ。」
その言い方は、
信頼と、長い時間をかけて育てた安心が混ざっている。
じいじは首をかしげる。
「なんでそんなに落ち着いとるんじゃ。」
ばあばは湯気の立つ湯飲みをテーブルに置きながら、そっと微笑む。
ぬいぐるみの中のエアタグ
ばあばは知っている。
女の子がいつも持ち歩く、お気に入りのぬいぐるみ。
その中には、ばあばがこっそり縫い込んだ小さなエアタグがある。
「あの子がどこにおるか、すぐ分かるようにね。」
じいじは驚いたように目を丸くする。
「そんなことしとったんか。」
ばあばは肩をすくめる。
「あの子には言うとらんよ。自由にしてほしいけえね。」
クラウドに残る写真
ばあばはスマホを開く。
クラウドのフォルダには、女の子が今日撮った写真がもう並んでいる。
朝日の影。
横断歩道の白い線。
公園の風。
道端に咲いている花に落ちた光。
ばあばは写真を一枚ずつ開き、じいじにもそっと見せた。
「ほら、今日もちゃんと歩いとるよ。」
じいじは写真を見て、胸の奥の心配がすっとほどけていく。
「ほんまじゃ……
この子は、ええ写真を撮るのう。」
ばあばはうれしそうにうなずく。
「あの子の足跡は、クラウドにちゃんと残っとるんよ。
わしらはそれを見て、安心できる。」
じいじはそっとつぶやく。
「知らんかった……
こんなふうに見守っとったんじゃな。」
ばあばは湯飲みをじいじの前にそっと置きながら言う。
「あの子は知らんままでええんよ。
自分の冒険を、自分の足で歩いとるんじゃけえ。」
じいじは、もう一度写真を見つめた。
どの一枚にも、小さな冒険が写っている。
けれど――ふと気づいた。
「……ちょっと遠くないか。」
ばあばは笑顔を消す。
息をのんでスマホを開く。
画面に映った場所を見て、ばあばは目を見開いた。
じいじも画面をのぞき込む。
「まさか……。」
二人は顔を見合わせた。
言葉はなかった。
でも、同じことを思っていた。
「あの子は、ママに会いに行ったんじゃ。」
じいじは車の鍵をつかんだ。
ばあばはスマホを胸に抱いた。
ふたりは急いで家を出た。
テーブルの上には、湯気の立つ湯飲みが二つ。
まだ誰も口をつけていなかった。




