第七十四章
「気をつけて、その女……」
渡辺が声をかけた時は、遅かった。
ライフルマンが、女性の後を付いて歩き始める。
「おい……任務中だぞ……」
力のなく呟く千々和も、女性の後を付いて歩こうとしている。
「何してんの!」
パアーン!
「いっ…て!!」
強烈なビンタが、千々和の理性を取り戻す。
「おい……しっかりしろ!」
千々和が、渕の肩を持ち揺さぶる。
渕の目は、まだ女性の後姿を追っている。
隊員の何人かは、女性の後を付いて、階段を降り始めている。
まるで、呼吸を忘れたような足取りで。
糸に引かれるように、階段へ向かっていく。
「遠慮している場合じゃないわね…」
ジャキ!
渡辺は躊躇わずに、ライフルを構え、女性の後頭部に狙いをつける。
「おい……待て……」
千々和が止めようとするが、渡辺の指が、引き金にかかる。
——迷いは、なかった。
だが。
一瞬だけ。
「人間だったら」
という考えが、頭をよぎる。
ーータァン!
銃弾が頭部に命中し、半分を吹っ飛ばす。
飛び散った血飛沫が、薄紫色だったのが、渡辺の気持ちを楽にしてくれた。
「あ……あれ?」
渕が、一時的な記憶の欠如に戸惑いを見せる。
それは、他の隊員も同様であった。
「うっ……」
女性の後を追って、階段を降りていたライフルマンの1人が、頭部を粉砕され、薄紫の血飛沫が散乱しているのを見て、声をあげる。
「まさか……俺達……」
渕も、先程すれ違った女が妖魔化されており、自分達が術にハマっていたと、理解した。
「渡辺がいなかったら、ヤバイところだったんだぜ……」
千々和がそう言うと、渕は千々和の腫れ上がった顔を見て、
「……どうしたんだ……その顔……」
「いや……なんでもない……」
ライフルマンが、特異隊の証明書を確認するが、見当たらない。
妖魔の術にかかっていた千々和が、
「男の純情をもて遊びやがって……許さん!」
と口に出す。
「何が男の純情よ!」
渡辺は、吐き捨てるように言った。
「見え透いた“餌”に、勝手に食いついただけでしょうが」
渡辺を除く隊員全員は、沈黙するしかなかった。
「今の銃声で、敵もこちらが遠慮無しって、気付いた筈よ。……ここからが……本番よ!」
——一瞬の静寂。
渡辺は、ポケットからジョニーウォーカーの小瓶を取り出すと、
グイッ
と、一口飲んだ。
「うぅ……最高!」
渡辺は、その刺激に満足している。
「あんたらも、一口やりなさいよ!」
小瓶を渕に渡す。
渕も一口飲み込む。
喉を焼く刺激が、さっきまでの曖昧な感覚を、完全に吹き飛ばす。
「やっぱ…戦闘前の酒は最高だな!」
千々和に渡す。
「うめえ!これで負けねぇぜ!」
と満足気な表情になる。
橘も飲み、
「くううぅ……こたえるなぁ!」
と反応する。
「零……、すぐに助けてやるからね……」
その目は、もう迷っていなかった。




