第六十五章
翌日、零の身柄は特異隊研究班に移され、徹底的な検査が始まった。
一日中。
血液を抜かれ、心電図を繋がれ、薬を投与される。
意図的に苛立たされ、恐怖を与えられ。
そのたびに脳の反応を記録された。
走らされ、止められ、また走らされる。
——観察されている。
ずっと。
気づけば、零の後にライフルマンが立っていた。
個室は、常に複数のカメラで監視され、堅牢なドアの前には完全武装の職員が、二人。
交代もせず、無言で。
ドアの前だけではない。
廊下にもー
エレベーターにもー
研究施設の出入口にも、同じ制服の人間が増えていた。
監視ではない。
——拘束だ。
「随分、物々しいですね」
何気なく言ったつもりだった。
だが、女性職員は一瞬だけ言葉に詰まりー
それから、作ったような笑顔で答えた。
「安全のためですよ」
安全……
誰の。
零は、自分の腕に繋がれた点滴を見る。
透明な液体が、ゆっくりと体内に落ちていく。
——逃げられない。
その事実だけが、やけに鮮明だった。
病室の外に立つ完全武装した隊員。
室内の隊員の視線は、常に零の方を向いている。
何かあれば、すぐに動ける距離。
私を、止めるために。
最悪の場合……
——妖魔化した私を殺すために……
零が施設内を移動中、
零の身体が固まった。
廊下の先で、
慎一君が運ばれていた。
太い鉄製の檻に入れられて……。
「慎一君!」
「お姉ちゃん!」
零の姿を確認した慎一君が、声をあげる。
慎一君に近寄ろうとした零を隊員が制止する。
「お願い!慎一君を出してやって!」
零が、慎一君を運ぶ隊員に叫ぶ。
「お姉ちゃん!ここから出してよ!」
慎一君は泣き声で叫んできた。
「東雲隊長、慎一君は丁重に扱っております。心配しないでください」
「檻の中に閉じ込めて、どこが丁重なの!早く出してあげなさい!」
「お姉ちゃん!」
慎一君は、檻に顔を擦り付けながら、泣き声で叫んでいる。
「慎一君!」
零は、隊員に制止されながらも、慎一君に手を伸ばした。
「静かにしてもらえるかな、東雲隊長」
零の背後から、声がかけられた。
眼鏡をかけ、白衣を着た、神経質そうな中年男性ーー
研究班の班長、前田が零の後に立っていた。
「前田班長、あの檻は何なんですか!慎一君を出してやってください!」
零の声は、叫びに近かった。
「東雲隊長……、あれは……慎一君は……とても危険なのです。なにせ…人為的にとは言え、半妖魔化しているんですからね……」
前田は、静かに言葉を出した。
「でも、慎一君はまだ子供なんですよ!それに、逆らったり暴れたりするようなことはしません!」
「今のところは……確かに。しかし……いつ暴れだすかは、誰にもわからないですからね……」
前田の目が、冷たく零を見る。
「なあに、敵意がないことがわかれば、拘束は解きますから……安心してください」
「どうすれば、敵意がないと納得してくれるんですか!?」
冷静な前田に対して、零の言葉は感情がそのまま出ていた。
「それは、わかりません。とりあえず……研究が終わるまでは、暴れられては困るんでね……」
「研究……?検査じゃなかったの!?」
「東雲隊長……、落ち着いてください。アレを研究すれば妖魔の弱点がわかるかもしれないし、新薬の開発が出来るかもしれないんです。そうなったら、多くの人が助かり、この……妖魔との戦いも早く終わるんです……」
「だからと言って……」
前田の正論に、零の言葉が一瞬詰まる。
「随分、慎一君の肩を持ちますねぇ……東雲隊長……。やはり……自分と同じ境遇の妖魔は気になりますか?」
零の背中に冷たいものが走った。
同じ境遇……
前田班長が、私をどういった目で見ているか……
研究班から見て、私は……
零の中で、
“自分というもの”が、
静かに——軋んだ。




