第五十九章
「やって…くれました…ね…」
カマキリが、鎌から滴る液体を舐め取る。
「許し…ません…」
零に目掛けて、跳び込んでくる。
「くっ…」
零はギリギリまで引きつけて、右に転がる。
姿勢を立て直そうとした瞬間、左脚に痛みがはしる。
床に落ちていたガラス片が、零の左ふくらはぎを切り裂いていた。
「チッ…」
零が舌打ちする。
深紅の血が、ブーツを濡らしていく。
「いい…臭いですね…。やはり…人間は…子供か…女に、限る…」
カマキリの口から、舌と触手が出てきて、牙を舐める。
涎らしき、黄色の液体が2本の牙から垂れ落ちている。
零は、2回目の『空間切断』で断ち切られた腰下の一部と脚を確認する。
再生は…してない…
まだ…再生してないのか…
この妖魔には…再生機能がないのか…
カマキリは、零を見ている。
なぜ、襲ってこない…
なぜ…
なぜ、私は…
せっかくのチャンスなのに…
『空間切断』を使わない…
…………
しまった……
カマキリの黄色い粒子…
気がついた時には、
脚の痛みが、消えていた。
代わりに――
じわりと、甘い感覚が広がる。
いけない…
麻薬だ…
頭で…
理解した…
けど…
この…
気持ち良さは…
抗い難い…
…少しだけなら…
零は、
身体から力が抜け、
極限のストレスから解放される悦びに溺れる。
気持ちいい……
ーー隊長……
誰かが、私を呼んでいる。
誰……
邪魔をしないで……
「……隊長……、しっかりしてください……。東雲隊長!」
隊長……?
中林……か……
零の意識が、一瞬目覚める。
隊長……
頭の中の、甘い霧が
中林の声で
ゆっくりと
消えていく……
そうだ!
今は、戦闘中で…
私は…
隊長なんだ!
脚の痛みが、零を現実に引き戻す。
零の目に、
光が戻った。




