第五十五章
「慎一君!?」
零は叫ぶ。
だが――反応はない。
ライトに照らされた慎一は、四つ足のまま、ぴくりとも動かなかった。
「慎一君……なの……」
信じきれないまま、言葉がこぼれる。
その時だった。
慎一の背後。
闇の中で――影が、動いた。
「そうですよ……。この子は……慎一君です」
声が響く。
嘲るような、わずかな笑いを含んだ声。
零は反射的にライトを向ける。
だが――
光は届いているはずなのに、輪郭がぼやける。
はっきりと、見えない。
「誰だ……お前は!」
声を張る。
影は答えない。
代わりに――一歩、近づいた。
――カチ……カチ……
乾いた音が、闇の中で鳴る。
零の喉が、わずかに鳴る。
音の正体が分からない。
だが――確実に、あの影から聞こえていた。
さらに一歩。
ライトの中に、ゆっくりと“それ”が入ってくる。
細い。
異様なほどに細い体。
そして――高い。
2メートルを超えている。
その頂点。
首の上に――逆三角形の物体。
それが“頭”だと理解できたのは――
――カチ……カチ……
その音が、そこから鳴り。
“口のようなもの”が、わずかに開いたからだった。
「……お待ちしてましたよ……」
言葉が、漏れる。
人の声に似ているが、どこか歪んでいる。
次の瞬間。
左右の角にある、黄色の丸い目が――
はっきりと、零を捉えた。
睨む。
逃がさない、と言うように。
零の背筋に、冷たいものが走った。
妖魔――。
ゆっくりと、零に近づく。
その姿が、次第に輪郭を持ちはじめる。
細い身体。
異様に長い胴。
そして――
腰の下から、四本の細長い昆虫の脚が伸びていた。
関節が、不自然な方向に折れ曲がっている。
腕は二本。
だが――
手首から先は、人の手ではない。
五本に分かれた、鋭利な鎌。
ギチ……と、わずかに噛み合う音が鳴る。
「カマキリか……」
零が呟く。
その鎌の先から――
糸を引くように、粘ついた緑色の液体が、ぽたりと床に落ちた。




