第五十一章
「宮本……お前……」
目が揺れた。
ほんの一瞬――
それだけの間だったはずなのに。
その間が、妙に長く感じられた。
瓦礫の暗闇の中。
ライトが、宮本の顔を照らす。
影が、不自然に揺れていた。
「……東雲……隊長」
声は、同じだった。
だが――
抑揚が、ない。
いつもの宮本なら、こんな呼び方はしない。
こんな“間”も、取らない。
宮本が、一歩、近づく。
靴底が、粘ついた音を立てた。
「東雲…隊長…」
もう一歩。
距離が、詰まる。
「こっちに……来ませんか……」
その言葉に。
理由は分からないまま――
零の背筋を、冷たいものが走った。
「……止まれ、宮本」
自然と、声が低くなる。
宮本は、止まらない。
口元だけが、わずかに歪む。
笑っている。
だが――
目が、笑っていない。
いや。
そもそも、こちらを“見ていない”。
「しっかりしろ!宮本!」
叫ぶ。
だが…
届かない。
中林の荒い呼吸が、すぐ後ろで聞こえる。
ーーカシャ
金属の擦れる音。
振り返らなくても分かる。
中林が、銃を構えた。
「中林――」
止めるより、早く。
宮本の肩が、わずかに動いた。
――タン!
乾いた銃声。
「うわっ!」
中林の悲鳴。
9mmパラベラム弾が右腕を掠め、血が飛び散る。
「くっ……ああっ……!」
「中林!」
零は即座に引き寄せ、瓦礫の陰へ押し込む。
片手で圧迫しながら、もう片方でファーストエイドキット(救急装備)を引き抜く。
ガーゼ。
包帯。
中林の手当てをする手が、
真っ赤に染まる。
手が震えるのを、無理やり押さえ込む。
背後から、足音がしない。
撃ってきたはずの男は――
宮本は…
動かない。
ただ、見ている。
その“様子”を。
観察するように。
面白がるように。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいるのは――
もう、宮本ではなかった。
同じ顔で。
同じ装備で。
同じ声を持ちながら。
中身だけが、決定的に違う。
空っぽの器に、何かが入り込んでいる。
そんな感覚。
手当てを終え、中林を庇うように前へ出る。
「……何があった、宮本」
声が、掠れる。
「話してくれ……」
祈るような言葉。
だが。
返ってきたのは――
「……分かりませんか」
わずかに、首を傾げる。
その仕草すら、どこか歪んでいる。
「さっきまでと……同じですよ……」
明らかに。
零の知っている宮本は…
居なくなっていた。
「ライフルと…拳銃は…捨ててくださいね…」
命令ではない…
強制だった。
零は、ライフルを置き、拳銃も床に置いた。
「中林のも…置いて…くださいよ……」
にたり、と。
不自然に、宮本の口角が吊り上がった。




