第三十三章
「平石ぃ!」
渕の叫びに、平石は反応しない。
腰から腹にかけて、爪が貫通していた。
血が地面を濡らし、砕けた臓器が飛び散っている。
——生きているはずがない。
しかし。
平石の身体は、動いていた。
痙攣していたはずの身体が。
背骨が折れているはずの身体が。
ぎこちなく、だが確かに。
立ち上がろうとしている。
その動きは、人間のものではなかった。
内側から、何かに引き起こされているような、不自然な動きだった。
平石……。
渕は奥歯を噛み締める。
視線の先で、平石の身体がびくり、と跳ねた。
皮膚の内側を、何かが這い回っている。
腹部の傷口が、ぬるりと蠢いた。
——もう、戻れない。
「……すまない」
誰に聞かせるでもなく、渕は呟いた。
「こっちにも、火炎放射器を持ってきてくれ」
インカム越しに伝えると、2名の隊員が無言で頷き、駆け寄ってくる。
その目は、状況を理解していた。
「俺が異能を使う。可能な限り粉砕する。肉片が飛んだら、焼き払え」
短い命令。
返事は要らなかった。
「……行くぞ」
渕は遮蔽物を飛び出す。
平石の身体が、こちらへ向けて顔を上げた。
白目を剥き、焦点の合わない瞳。
口が、ゆっくりと開く。
何かを言おうとしているように見えた。
だが。
その奥から覗いたのは、人の舌ではなかった。
赤黒い触手が。
口の中から、何本も出てきた。
——もう、違う。
渕は迷わなかった。
爆芯!
次の瞬間。
破裂音が一度、空間を震わせた。
直後、肉片が霧のように散る。
指が。
耳が。
肉が。
一部を『爆芯』で吹き飛ばされた、妖魔の『姉』の腕が、落下しながらも、蠢いている。
それもまた、次の『爆芯』で霧散した。
赤と黒が混じった飛沫が、辺り一面に撒き散らされる。
静寂。
わずかな間。
「——焼き払え」
渕の低い声。
直後。
火炎放射器が唸りを上げる。
白熱した炎が、地面を舐めるように広がり、粒状の肉片へと食らいつく。
ジュウ、と嫌な音が響く。
蠢いていた断片が、炎の中でのたうつ。
だが、逃げ場はない。
炎は執拗に、徹底的に、それらを包み込んでいく。
焦げた臭いが、辺りに立ち込める。
やがて。
動くものは、何も残らなかった。
黒く焼け焦げた痕だけが、そこに残っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話は、何十年も前から、温めていたものです。
時間潰しに読んでいただき、
「面白い」
と、思っていただければ、嬉しいのですが。
また、コメントの代わりに「◯」、「△」、「✕」でも構いませんので、評価していただければ幸いです。




