第三十二章
吉田は、ゆらゆらと歩き始める。
足取りは覚束ない。
だが――
一歩ごとに、確実に距離を詰めてくる。
その姿に、人間としての理性は無く、亡霊か死人のようだ。
「吉田!」
瓦礫の陰から、仲間の隊員が駆け寄る。
吉田は、その声に反応するというよりも、駆け寄る足音に反応したように見えた。
「姉」の目が駆け寄る隊員を見る…
「今、取ってやるからな!」
吉田は、答えなかった。
銃口だけが、ゆっくりと持ち上がる。
——何…。
そう思った瞬間、銃口が立て続けに火を噴いた。
対妖魔用に開発された強力な弾丸が、近寄る仲間をズタズタに引き裂き、ボロ雑巾のように変える。
「中本!」
渕が叫ぶ。
返事はない。
あるはずの形すら、もう残っていなかった。
「姉」の目が、渕の方を向く。
吉田のライフルが、渕に向けられる。
渕は、遮蔽物に身を隠すと、インカムに叫ぶ。
「平石!吉田の脚を狙えるか」
吉田のライフルが、渕の隠れている遮蔽物を、徐々に打ち砕いていく。
「やってみます!」
「頼む…」
平石が遮蔽物から、身を乗り出す。
渕の遮蔽物に迫る、吉田の後姿が確認できた。
今なら…
氷雷!
銃弾と化した氷が、吉田の足元に突き刺さっていく。
平石は、ゆっくりと視線を上げる。
氷の弾丸が、平石の視線に合わせて着弾地点を変えていく。
足首。
ふくらはぎ。
順に、突き刺さる。
吉田が、足を貫かれ、バランスを崩し横に倒れる。
霞む視界に、倒れる吉田を確認し、
「やった!」
そのはず、だった…
最初は、誰かに押されたと思った。
違う。
身体が、前に出ない。
目を下に動かす。
腹部から、血にまみれた爪が生えていた。
戦闘服が紅く染まる。
ゆっくりと振り返る…
後には、蜘蛛のような脚を生やした、右腕が黒く焦げた腕を腰に突き刺していた。
この時、初めて激しい痛みが身体を、電光石火に貫いた。
「…っ…」
痛みのあまり、声が出せない。
爪が抜かれた。
一気に出血が増えた。
……誰かが……耳元で……名前を……呼んでいる……気がした。
誰だ……
視界の端で、何かが動く。
黒く焦げた、何かが——
自分の身体の中に、何かが蠢きながら……入ってくる感覚……
痛みより、唾棄すべきものが、自分の身体を汚し、人でないものにされるのがたまらなく、悲しかった。
意識が……
沈む……
そして…
何か…。
違うものが…。
身体を乗っ取っていった…。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話は、何十年も前から、温めていたものです。
時間潰しに読んでいただき、
「面白い」
と、思っていただければ、嬉しいのですが。
また、コメントの代わりに「◯」、「△」、「✕」でも構いませんので、評価していただければ幸いです。




