第三十一章
振り降ろされた爪は、神速ではあったが、隊員に当たらなかった。
しかし。
「えっ…」
一瞬の間。
隊員の横腹から深紅の血が吹き出す。
遅れて、肉が裂けた感覚がした。
触れていない。
だが、斬られている。
——かまいたち。
「うあっ…」
斬られた隊員が、傷口を抑え、倒れ込む。
グチュ…
左腕の爪を振り上げる頭部が、倒れた隊員に近寄り、何本もの触手が隊員の傷口から体内に入り込む。
隊員は、目を見開き、全身を痙攣させた。
喰っているのか。
それとも。
体内に侵入しようとしているのか。
平石の足元に転がっていた右腕にも、変化が現れる。
断面から紫色の肉片が蠢きながら出て来て、肉片が開いたと思ったら、その中には、丸い目があった。
平石が異能を発動する。
氷雷!
大気中の水分を一瞬で凍らせ、「姉」の右腕に叩き込む。
キン!キン!キン!
硬く、美しい、その音は、爪が氷を弾く音色だった。
蠢きながら出て来た肉片の数カ所が膨れ上がり、臓器のような表面を貫いて、蜘蛛のような脚が現れ、素早く動き回る。
「平石!距離をとれ!」
渕の声がインカムに響く。
平石は、再度、異能を使う。
氷雷!
氷の弾丸が右腕を貫くべく、叩き込まれる。
しかし。
目は、爪で守られ、他の部分に当たって紫の血を出しても、動きは止まらない。
逆に平石は、異能を使うことで、身体が重くなり、動きが緩慢になってきている。
「佐伯!平石のフォロー、出来るか」
冨田がB級異能者の佐伯に叫ぶ。
「出来ます!」
佐伯が異能を発動する。
極炎!
平石に襲いかかっていた右腕が炎に包まれ、のたうち回る。
冨田の至近距離に転がっていた、左脚にも異変が生じ始める。
靴が脱げた裸足の足裏にシワが寄り、シワが伸びると、そこには、丸いだけの目が出来ていた。
「こっちもかよ…」
冨田は下がり、距離を取る。
足の指が伸びだし、爪は鋭い刃物に変わる。
「隊長、ランチャーを使います!下がってください!」
隊員の声がインカムに響く!
「バカヤロー!これ以上、敵の数を増やすな!装甲車の砲手、火炎放射器で、コイツ等を焼き払え!」
冨田が叫び返す。
装甲車の砲手が、火炎放射器を取るために、車内に入る。
左脚は、蜘蛛のような脚を生やし、踵からは
鋭い歯が生え、チョロチョロと舌を出し始めていた。
丸く、黒い目が、キョロキョロと辺りを見回すと、素早い動きで、冨田に走り寄る。
重力増加!
ミシミシ……
あまりの重力に…。
左脚周囲の空間が歪む。
「ギィィィ……」
踵が開き、うめき声のような音を絞り出す。
見えない何かが、左脚の形をした妖魔を地面へ圧しつける。
あまりの重力に、地面には蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
次の瞬間、グシャリという嫌な音と共に、妖魔は逃れられぬ圧殺の檻に閉じ込められ、押し潰された。
冨田は、頭痛に襲われながら、紫の液体をばら撒いたアスファルトを見ていた。
火炎放射器を持った隊員が冨田に近寄る。
「焼き払いますか?」
「ああ…。特に肉片を残さず焼き払ってくれ…」
2名の隊員が、冨田の「重力増加」によって、押し潰された左脚と肉片、紫色の血液に火炎放射器を向ける。
特殊燃料のテルミット・ゲルを使用した炎が肉組織に潜り込み、2000度以上の燃焼温度で妖魔を細胞から焼き払う。
「渕隊長!あれを!」
副官の平石が叫ぶ!
「姉」の頭部から出た触手を体内に侵入された隊員が、だらしなく立ち上がっていた。
白目を剥き、口を開けたまま涎を垂らし、脇腹から腰にかけて、「姉」の頭部と左腕がぶら下がっていた。
「吉田!」
仲間の呼びかけにも、反応を示さない。
ただ。
脇腹からぶら下がる「姉」の顔にある目だけが、獲物を探すように、忙しなく動いていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話は、何十年も前から、温めていたものです。
時間潰しに読んでいただき、
「面白い」
と、思っていただければ、嬉しいのですが。
また、コメントの代わりに「◯」、「△」、「✕」でも構いませんので、評価していただければ幸いです。




