第二十七章
全員がライフルの引き金に指先をかける。
視界に入ったのは…
女性と。
男の子だった。
隊員の、張り詰めていた緊張が緩む。
が。
女性の手首から下は、巨大な二本の爪であり、男の子の肘から下は、カニのハサミを持っていた。
隊員がライフルのストックを肩に当て、狙いをつける。
男の子は怯え、女にしがみついて、女は子供を庇っている。
「全員、撃つなよ」
渕が、ゆっくりとした口調で言葉を出す。
「銃を下ろせ」とは、言わない。
慎重な判断だった。
「あなた達は…ここに住んでいた…人…ですか」
渕が、ゆっくりとした口調で聞く。
敵…かも知れない相手を目の前にして、何も出来ないというのが、これ程恐怖心を掻き立てるとは、思わなかった。
物置きらしき、狭い部屋の中で、女も男の子も震えているだけで、何も喋らない。
渕がハンドサインで、隊員を少し下げる。
「あなた達は…ここに住んでた…人ですか」
喋らない。
人としての顔はあるが、口がきけないのか…。
「あの…俺の言葉…わかります?」
沈黙…
「わかるよ…」
男の子が、答えた。
普通の返事だ。
子供が聞かれたことを、答えただけだ。
しかし。
その答え方に、渕は胸を掻きむしられる嫌悪感を感じた。
「そうか…。お姉ちゃんは…?喋べれないの?」
男の子は女性を見上げる。
女性も、男の子を見る。
女の口が、僅かに動くが言葉は出ない。
それでも…。
意思の疎通をはかっているように見える。
嫌な感じが、背中をじわじわと這い上がってくる。
違う…。
何かが違う。
「全員…異常はないか」
思わず、口にする。
後方、側面を警戒している隊員の、
「異常無し」
短い返事が返る。
でも…。
誰かに見られている気もする。
男の子が、渕に話かける。
「お姉ちゃん…話せないの」
そうか…。
「他の人は…?まだ…誰かいるかな?」
渕の問いに、男の子は、涙を浮かべ、部屋中を染めている黄色の血液を見つめる。
「……」
渕は、インカムで冨田に連絡を取る。
「はい…冨…」
廃墟の壁に邪魔されて、通信が途絶える。
「清水!」
渕は、冨田の副官の清水を呼び、
「今から、半妖魔を2体連れ出すと伝えてくれ。司令部にも連絡。後……装甲車のライトを入り口に向けといてくれ」
「装甲車のライト……ですか……」
「そうだ。暗視装置だけだと暗くて…確認出来ないからな…」
「了解です。」
「ライフルマンを連れて行け!単独行動は厳禁だ!」
「了解しました」
清水はライフルマンの一人に声をかけると、駆け足で出口に向かう。
「それじゃあ…外に出るから。ここは…危ないからね…」
渕は男の子に話す。
男の子と女は、しばらく見つめあった後、
「お姉ちゃんも、外に出たい。って」
と伝えてきた。
渕は頷いて、
「よし、撤退する。2人から目を離すな。警告は1度でいい。それを破ったら…撃て…」
「了解…」
ゆっくりと出口に向かう。
2人の真後ろには、渕が付いている。
歩き始めて、女が腕を庇っていることに気がついた。
負傷してるのか?
庇っている爪の下から、液体が流れている。
出口が近づき、装甲車のヘッドライトの明かりが間接的に廃墟を明るくしている。
暗視装置を上げる。
ヘッドライトの間接照明の中、渕の不安が爆発した。
女の血液が、ゆっくりと床に落ちる。
ポトッ…
音がした気がした。
その色は――
瓦礫や廃墟に飛び散っていた黄色とは明らかに違って…
紫だった…。




