第十九章
平井は、高杉の身体をゆっくりと横たえ、上部ハッチから、外に出る。
「平井隊長、危険過ぎます」
零がインカムに叫ぶ。
「うるせぇー!黙って見てろ!」
初めて見る、平井の本気に零は言葉を失う。
ギィアァァーーン!
猫が吠えた。
そう聞こえた。
零の視界に一匹の猫が入る。
三毛猫だったようだが、蜘蛛のように8本の脚で歩くようになっていた。
もう一匹現れた。
それは、全身が焼け爛れており、とても生きてられないような有り様だった。
瓦礫の影から、一匹。
割れたガラスの奥から、一匹。
曲がり角から、一匹…。
そして。
妖魔化した猫は、高杉を殺した猫の後に数十匹も集まり、装甲車を睨んでいた。
平井の装甲車のライフルマンが砲座に付き、機関砲のチャージングハンドルの引く。
平井が猫を睨んだまま。
「誰も手を出すな!」
と全員に命令する。
「こいつは、俺が始末する…」
その時、平井の隊に付けられた、もう一人の新人がインカムに叫ぶ。
「隊長!自分にやらせてください」
「お前には無理だ。黙って見てろ!」
「お願いします…、平井隊長…」
これには、全員が驚いた。
配属されたばかりの新人が、隊長…しかも、S級異能者に食い付いているのだ。
「八懸…。仲間を殺された、お前の気持ちはわからんでもない。しかしな…」
「仲間ではありません!」
この八懸の言葉には、平井も一瞬動揺する。
「高校からの…友達でした…」
インカムから聞こえる涙声に、全員が八懸の気持ちを察する。
「八懸……」
平井の頬にも涙が流れる。
「それでも…今のお前には、無理だ」
「わかっています。けど…このままじゃあ…、高杉の墓に参ることも出来ません!」
「何度も言わすな!これは、命令だ!」
八懸の嗚咽が、インカム越しに全員の耳に流れ込む。
誰も、何も言えなかった。
平井は、数十匹の猫を睨んでいる。
高杉を刺した猫が全身を総毛立て、平井を威嚇する。
平井の左目が金色になる。
ズン!!
音はしなかった。
しかし、明らかに重量物が落下した気配がした。
高杉を刺した猫以外の全ての猫が、見えない何かに潰されて、黄色の粘液を撒き散らしていた。
平井の異能。
圧壊!
「さあ…勝負しようじゃないか…」
平井の唇が軽く持ち上がる。
シャアーーー!
猫が威嚇すると同時に、尻尾が鎗と化し、平井に襲いかかる。
しかし、平井の1メートル手前で、見えない壁に弾かれる。
2度、3度と弾かれると、猫は平井に飛びかかり、爪で引裂こうとするが、やはり見えない壁に弾かれる。
平井は冷たい笑顔を浮かべたまま、身動き一つしない。
「終わりか?子猫ちゃん…」
猫が威嚇し、総毛立てる。
「なら…」
「俺の番だな…」
バキバキバキバキバキバキバキ!
ギャン!
猫が悲鳴を上げる。
猫の後脚の関節が全て曲がらない方向に曲げられ、折れた骨が皮膚を貫き、黄色の粘液を吹き出している。
平井は笑みを浮かべ。
「まだだ…。楽に死ねると思うなよ…」
ズン!!
圧壊!
猫の前脚が黄色の粘液を撒き散らし、平面と化している。
猫はまだ、死なない…
「クックック…」
平井の顔が冷たく笑う。
ミァ…ミァ…
妖魔化した猫が、子猫のような声を出す。
平井の表情から、笑顔が消えた。
またしても、平井の左目が金色に変わる。
猫の背中の皮が、
ベリベリと剥がされ、黄色の粘液の下に、緑色の筋肉が露わになる。
背中から、尻尾まで皮が剥がされ、猫の身体は黄色の粘液に包まれた。
「全員、降車!」
平井の命令に、装甲車の後部ハッチを開け、全員が車外に出る。
「第1戦闘配置。360度警戒。上も警戒を怠るなよ!」
零を含む隊員が、ライフルを構え、異能の発動態勢をとる。
「八懸…。来い…」
「は…はい!」
戦闘服の袖で、目を擦りながら、平井の前に立ち、敬礼をする。
「八懸…、この猫…お前が始末しろ」
「は…?」
「命令だ!お前が、高杉の敵を撃て!!」
「は…はい…!ありがとうございます、平井隊長!」
八懸の目に、またしても涙が浮かぶ。
しかし、今回の涙は平井に対する感謝の涙だった。
その場にいた、全員に笑みが溢れた。
「お前らあ!今から一分間、何も近づけるな!蟻一匹も通すな!わかったか!!」
「了解しました!」
全員が喜びの声を上げる。
「やりな…全力を使っていい…」
「はい…」
八懸は攻撃も身動きも出来ない猫を睨む。
ミァ…
その命乞いをするような声に、八懸の怒りが全身を震わせる。
八懸の髪が逆立つ。
「喰らええぇぇーー!」
八懸が両手を頭上に振り上げて叫ぶ!
大蛇の炎!
ゴォォォ…!
巨大な火柱が猫の前に現れる。
その火柱が、鎌首をもたげた蛇のように地面を履い、とぐろを巻くように猫を包み込む。
猫が炎の渦に飲み込まれる。
ギャアーーン!
轟々と燃え上がる炎の渦の中に、妖魔化した猫の最後の泣き声が響いた。
「上出来だ…八懸…」
平井が声をかけると、全力を使った八懸が倒れかかる。
「おい…八懸…」
平井が抱き止めると、八懸は既に意識が朦朧としていた。
「隊長…やりました…」
力無く語りかける八懸の目は、少年の目から男の目に変わっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話は、何十年も前から、温めていたものです。
時間潰しに読んでいただき、
「面白い」
と、思っていただければ、嬉しいのですが。
また、コメントの代わりに「◯」、「△」、「✕」でも構いませんので、評価していただければ幸いです。




