8-15『自愛』
双子は同時に空いた手を掲げた。広場に敷かれた模様入りの石畳が宙へと浮き上がる。それらが一斉にルカへと向かった。二人を抱えたまま躱し、跳躍して、少しずつ距離を縮める。双子の「特性」は止まない。石が、木片が、水桶が、次々と飛んでくる。
人々のざわめきが、風に乗って聞こえてくる。ルカは周囲の気配を察しながら、依然として「特性」に縛られたままの弟妹へと視線を戻した。時間が尽きようとしている。双子を捕まえて診療所に戻るべきか。それでは自分も魔族を連れ去ったことになるだろうか。ここにいるのは、罪を犯した者と、その犠牲となった者だ。
だが、それがどういう見え方をするかは、考えるまでもなかった。自分は「人間」で、彼らは「傷ついた子供」だ。それだけが、ここでは事実になる。
自分が盾になって、受け止めればいい。どれほど罵倒され、冷たくあしらわれても、この背中に傷が増えるだけだ。けれど、腕の中で震えるこの子たちにだけは、夜の冷たさも、悪意の礫も触れさせたくなかった。
ただ、それだけが、闇の中でルカを突き動かす唯一の光だった。
「お願い、今すぐ解いて…! そうしたら、何でも言うことを聞くわ!」
双子は互いの顔を見合わせ、逃走経路を確認するように暗がりへ視線を走らせた。
「へぇ。『何でも』だって。ねえ、お姉さん。僕らが何かしたみたいじゃない、やめてよ」
「僕たちは怖いおじさんに命じられて、無理やり連れてこられただけの、可哀想な子供なんだよ? なのに、どうしてそんなに追い回すの? ……いじめて楽しいの?」
「あ、わかったぁ! 本当は、お姉さんが僕たちを『誘拐』したいんだ? その子たちみたいに、虫の真似してあげようか?」
「あはっ。こわいかお。だれかー、助けて! 悪い人間に、殺されちゃうよー!」
「あははっ」
四つの瞳の奥で、打算と焦燥が火花を散らす。
ルカは拳を握りしめ、思考を巡らせた。笑い声が遠くなる。雑音が、潮が引くように消えていく。残ったのは、弟妹の浅い呼吸と、自分の心臓の音だけだった。白くなっていく意識の端に、フッセルルの笑みが滲んだ。
『お前は俺のところに来たな。本当はすぐに飛び出したかったはずだ。でもそうしなかった。————人を頼るのは、難しかったろう?』
内側からせり上がる気持ちと、眼前の絶望がぶつかり合い、喉の奥が焼けるように熱い。今まで一度として、その言葉を口にしたことはなかった。出し方も、音の乗せ方も知らない。
ルカは、吐き気を堪えるように唇を震わせた。
「……っ…………」
声は掠れ、ひどく不明瞭だった。肺に残ったわずかな空気を絞り出し、血を吐くような思いで、その一言を繋ぎ合わせる。
「……た……す、けて」
暗がりにこぼれ落ちた声が、そのまま耳に返ってくる。ぐちゃぐちゃで、頼りなくて、情けない。こんな声を、ずっと聴いてきた。何度も、何度も。
「たすけて……、助け、て……っ……」
――だれか、この子たちを
一瞬、黒い外套に流れる銀色が、脳裏をよぎった。あの人は、何の見返りもなく、薬を与えてくれた。手当てをしてくれて、勝手に傷ついて行き詰まるたびに、気にかけてくれたひとだった。あの人も、傷を隠したまま、平然としていた。
絞り出した祈りが路地の闇に吸い込まれた。――直後、世界が消えた。
瞬き一つの間だった。首の後ろに触れた手の感触に、涙が目から散った。気づけば、弟妹ごと外套の内側にいた。広げられた黒い布が、残酷な世界をまるごと遮っていた。
鐘の音も、双子の嘲笑も、外套の向こうへと遠ざかっていった。残されたのは、この人の気配と、自分の熱だけだった。
男は何も言わなかった。ただ無言のまま、震える頬を伝う涙を、壊れ物に触れるように拭った。その指先の冷たさが、凍りついた胸の奥へじわりと沁みた。
魔王は音もなく翻った。黒い外套の背に映える銀髪が、夜光を吸ってしなやかに流れる。背中越しに伝わってくるのは、空気ごと凍らせるような静かな圧だった。男はそのまま、一滴の容赦もない殺意を、双子へと向けた。




