8-14『自愛』
ノクスとアルバを見つけ出すのは容易だった。
深い夜の中、宙を漂う二つの白い塊は、あまりにも無防備に浮き上がっている。ルカは真上へと高く跳躍し、眼下に広がる居住区を俯瞰した。
弟妹を攫った犯人の逃走は、お世辞にも手慣れたものとは言えなかった。診療所から目と鼻の先の路地。そこに、四つの影が固まっている。ノクスとアルバは厚い掛け布に封じられ、必死に身をよじらせていた。
ルカの瞳に、鋭い殺意が宿る。空中で体を反転させ、標的へと狙いを定めた。一筋の黒い影となって舞い降りる。
静寂が爆ぜた。片膝を深く折り、拳を石畳に叩きつけて衝撃を殺す。鋭い打撃音が響き、着地した足元から蜘蛛の巣状の亀裂が走った。巻き上がった土埃が、灯柱の光に白く透ける。
砂塵の向こう側におののく気配があった。ルカはゆっくりと首をもたげた。
乱れた髪の隙間から、凍てつくような眼差しで犯人を射抜く。その顔を認めた瞬間、視線がわずかに泳いだ。シェリングが紹介してくれた、あの子たちだった。
ルカは舞い上がる土埃の中を突き進み、間合いを潰した。宙に浮く弟妹を掴み、力任せに手元へ引き寄せる。その間も、ルカの瞳は一点に定まらず、細かく震え続けていた。
どうして――、周りには誰もいない。攫ったのは、本当にこの子たちなの?
その顔を凝視した。大人の背後に隠れ、俯いていた彼らの姿と、眼前の光景を重ねるように。
だが、現実はすぐにルカを引き戻した。弟妹を包む掛け布は鋼のように固着していた。口枷をほどこうと後頭部にある結び目に指をかけるが、どれほど力を込めても布の隙間に爪すら入らなかった。
その時、ルカはようやく思い至った。双子は、ずっと手のひらをこちらに見せたまま、何があろうと下げようとしない。ノクスとアルバを苦しめているのは、二人の「特性」なのだ。
ルカは何も持っていなかった。武器も、「特性」も。診療所の窓を蹴って飛び出した身にあるのは、怒りと、それを上回る焦りだけだった。
締め付けられる布の下で、ノクスとアルバの動きが弱まっていく。ルカの胸中で鋭い殺意が膨らみ、双子へ向かおうとした。だが、その衝動を理性が阻んだ。目の前にいるのは、まだ幼さの残る子供だ。この凶行にも、彼らなりの理由があるはずだ。だから、「話をしなきゃ」と理性が言った。
ルカは視線を落とし、低く、懇願するような声を絞り出した。
「お願い……この子たちを今すぐ解放して。ひどい事をしないで欲しいの」
着地の衝撃を受け、尻もちをついていた双子はルカの変貌に顔を見合わせた。圧倒的な捕食者に見えた女が、自分たちに頭を下げているのだ。
強者が弱者に転じたことを悟った瞬間、二人の顔に安堵の色が広がり、すぐに「子供」の仮面が張り付いた。
「……うぅっ……ご、ごめんなさい……殺さないで……っ!」
一人が、わざとらしく震える声で呟く。
「おうちに帰りたい……ここ、暗くて寒いの……っ」
もう片方が、震える体に寄り添い、縋るように首を振った。
「知らない男の人に、無理やり連れてこられたの……。僕たち、怖くて……震えることしかできなかったんだよ?」
無垢な子供を演じる双子の瞳には、先ほどまでの残酷な愉悦が、泥のように濁って淀んでいた。
ルカの思考を裂くように、鐘楼の鐘が重く響き渡った。有事を告げるその音は、波紋のように居住区に広がる。
静まり返っていた家屋に、次々と明かりが灯り始めた。窓から漏れる琥珀色の光が、石畳の路地を不規則に照らし出す。安堵に浸っていた双子の顔が、不意に強張った。
「……何の音?」
「起きちゃうよ。みんな起きちゃう……」
「行こう!」
双子は立ち上がり走り出した。ルカは浮き上がった状態のノクスとアルバを抱えたまま、すぐに追いかける。だが双子は逃げながら、空いた手を振った。路地に積まれた木箱が宙に舞い、ルカの進路を塞ぐ。弟妹を庇うように背を向け、衝撃を背中で受け止める。続いて石畳の敷石が剥がれて飛んでくる。躱す余裕はない。ルカは二人をきつく抱え込み、自らの体を盾にして前へと進んだ。
路地を抜け、双子は居住区の広場へと飛び込んだ。ルカも続いて広場に踏み込む。
月光が広場を白く照らしていた。昼間は住民が行き交うその場所も、今は深い静寂に沈んでいる。双子は広場の中央で立ち止まり、ルカを振り返った。「しつこいね」二人の顔に焦りはなく、むしろ獰猛な光が宿っていた。
両者の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。




