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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第八章

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8-13『自愛』

診療所の外壁には、非常時に備えた人一人が通れる程度の足場があり、窓の下に伸びるその通路が各部屋から外階段までを繋いでいた。

真夜中。エミールの家を抜け出した双子は、月光を浴びる外階段を音もなく登り、壁の張り出しへと辿り着いた。大人が背を壁に預けて歩くのが精一杯の狭い道が、建物の端まで続いている。


二人は身を低くし、一息に駆け抜けた。通り過ぎる窓の多くは白く閉ざされ、室内に動く気配はない。ただ、上層階には数か所明かりが灯っていた。夜勤の治癒師がいるという情報は正しかったのだ。

双子は冷え切った夜気を深く吸い込み、心地よい緊張感を楽しんでいた。眼下の水飲み場には、忘れられた桶が虚しく角に引っ掛かっている。近隣家屋の外壁を覆う蔦も、そこに首を傾ける蕾も、夜の匂いも、すべてを正確に知覚できていた。


目的の部屋は角の二人部屋だ。医官室周辺に立っているだけで、そこが「人間」の病床であることはすぐに分かった。


窓の外から室内に動きはない。頭だけ出して、まず窓枠に手のひらを押し当てた。内側の(かんぬき)が滑り、落下する寸前に空中で静止、回転する。そのまま音もなく窓枠の上に置くと、窓が動くようになった。二人は目配せひとつで室内に滑り込んだ。


二つの寝台には、人の形をした膨らみがあった。

そこにいたのは巨木の根の間で死んでいる兵士ではない。生きている人間は、想像よりもずっと小さく、そして温かかった。掛け布をめくっても、少女は眉をひそめただけで眠り続けた。だが、少年の方は少し違った。眉間に力が入り、唇が動く。覚醒を察した瞬間、その顔に枕を押しつけた。くぐもった声が、枕に吸い込まれた。空気を求めて暴れるうちに布を吸い込んだらしい。閂を動かした「特性」でそのまま体ごとを浮かせると、掛け布を巻きつける。たとえ体格が違っても、制するのは容易だった。何が起こったかわからず、少年は足掻くが、宙を蹴るだけだ。「虫みたい」そこには悶絶する白い毛虫のような塊が浮いた。森の中でよく踏みつけて遊んでいたことを思い出し、ふっと顔がほころぶ。


少女も同様に浮かせようとしたが、体は途中で止まった。細い指が寝台の縁を掴んでいる。


袖から少し出た指先にぎゅっと力が入っている。手首から指先に向けて筋が浮き立ち、先端に伝わらない余計な力が腕全体を震わせている。あぁ、爪まで白くなって、まるで——


「甲虫が鉤爪を立てて、必死に床にしがみついているみたいだ。似てるね、ふふ」


妨害している手首を狙って殴りつければ、悲鳴とともに指が離れた。

踏み込んだ時に、膝が寝台を押し出していた。ずれた足の下から、埃一つない清潔な床が露になった。後に生まれただけの弟はまだ蠢いている人間から急に興味を失い、じっと床を見つめた。————せっかくの整然としていた空間が、乱れてしまった。その「ずれ」が喉の奥をせりあがるような嫌悪感を呼び起こした。


「き゛もちわるいなぁ……」

「ね。……壊しちゃだめだよ」


初め、なんと言われたかわからなかった。こわしちゃだめ、壊しちゃだめ。なにを? 人間を? それとも目の前のものぜんぶ――?

振り返ると、全く同じ顔をした先に生まれただけの兄が手巾を取り出した。枕を弾き落して、空気を求めて真っ赤になった少年の顔に手巾を被せる。兄の手と、弟の手で——それぞれ片手を掲げたまま——口に布を押しこんで、それから頭の後ろで端を結ぶ。口枷ができあがると、一息ついた兄が、弟を心配そうに気遣った。二人はそれぞれ片手を掲げ、各自の獲物を宙に固定した。


「これ、どこへ持って行くんだっけ? 覚えてる?」

「誰にも邪魔されないところ」


人間を先に窓の外へ送り出し、双子は片手を掲げたまま後に続いた。来た道とは逆方向へ進み、渡り廊下の物干し台へと飛び移った。

宙に浮いた人間たちは、終始頭を振り続けている。少年の眉は怒りに吊り上がり、少女は涙に濡れていた。長い睫毛、そして角のない滑らかな頭部。診療所での手厚い看護を裏付けるように、その血色は驚くほど良い。どこが病気なのかはわからないが、焦点の定まらない瞳が異質だった。


階段を降り、地上へ。あとは敷地を脱するだけだった。 周囲の気配を探ろうと角から首を伸ばした瞬間、少年の足が鉢植えに接触した。

陶器が擦れる音が響き、止める間もなく鉢が縁から滑り落ちる。「特性」を制御するために片手を掲げていた双子は、それを受け止める動作すら取らなかった。 破砕音が、夜の静寂を切り裂く。


二人は即座に身を屈め、動きを止める。沈黙が数秒間、辺りを支配した。


「気づかれた?」

「……かもね」


双子は淡々と、細い路地へ足を進めた。浮かせた二人を引き連れ、慎重に、かつ迅速に。

いまだに身をよじらせる少年を、掛け布ごとさらにきつく縛り上げる。口枷の隙間から、断末魔のような呻きが漏れた。気絶させるべきか、という思考が脳裏をよぎる。


「……ねぇ見て」

「ん? …………怒ってる? のかな、僕らに…」

「そうみたい」


それが、ひどく滑稽だった。双子は同時に肩を震わせ、こみ上げる笑いを必死に噛み殺した、その時だった。

頭上の静寂が爆ぜ、一筋の影が夜を切り裂いて降下してきた。


診療所の窓から踊り出たそれは、重力を無視した速度で二人の眼前に突き刺さる。

片膝を深く折り、片手を石畳に叩きつけて衝撃を殺す。鋭い音が響き、着地した足元から蜘蛛の巣状の亀裂が走った。巻き上がった土埃が、灯の光に白く透ける。


砂塵の向こう側で、影がゆっくりと首をもたげた。


乱れた髪の隙間から覗くその瞳は、凍てつくような冷気を孕んでいる。 表情の一切を排し、ただ獲物を屠る獣のような殺意だけを宿して、彼女は双子を射抜いた。

先ほどまでの笑い声は、夜の底へと瞬時に吸い込まれて消えた。




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