8-10『自愛』
巨木の根が作る窪みに、白銀の甲冑を纏った兵士が横たわっていた。その体は隙間なくそこに嵌まり込んでいる。
根に足を取られたのか、あるいは深手により力尽きたのか。いずれにせよ、事切れていることは確かだ。兜に阻まれ素顔はわからないが、黒ずんだ乾血が全身にこびりつき、異様な文様を描き出していた。風が吹くたび、死臭が鼻を突く。母は咄嗟に口と鼻を塞ぎ、呼吸を拒むように顔を強張らせた。
呆然と立ち尽くす父と母をあとに、双子は若枝を折って兵士の足元に置いた。枝を正しく並べていくと、心の中が静かになった。同じものが揃う様子に安心するのは、二人が双子だからだろうか。
櫛の歯のように並んだ枝を見て、両親はひどく嫌そうな顔をした。それが彼らの言う「趣味の良さ」からは外れていたからだ。己の行いを解せない親をよそに、双子はただ冷ややかにそれを見ていた。母は蔑むような声を出し、「何をしているの」と問いかけた。
「何日で消えてなくなるか、数えているの」
「ほら、見て。こっちにもあるよ」
茂みの陰に、別の枝が並んでいた。大人の目線からは隠れたその場所には、兵士よりもずっと前から朽ちている鶏が転がっていた。形を失い、湿った液に浸かったその塊から、さらに強い臭いが漂う。鼻を突く、———黄色っぽい、饐えた臭い。
「な、何をしてんの……? あんたたち」
「だって、人間が病を運んでくるってお母さんが言っていたでしょう」
「……ああ、ああ」
双子は心底困っていた。
「でも、もう死んでいるし……」
「僕らもかかるの?」
母の悲鳴も、父の怒鳴り声も、双子の耳には届かない。彼らはただ、腐りゆく肉から生まれる小さな泡が弾ける音を聴いていた。ぷつ、ぷつ。湿ったその音は、肉の内で何かが密やかに咀嚼しているかのようだ。
今、双子の頭には、森で朽ちていた兵士や鶏、そして病に倒れて重なり合う両親の姿が浮かんでいた。ぱちぱちと瞬きをし、何をすべきか考えを巡らせる。二人は同じ答えに辿り着き、母が何度も口にしていた言葉を、声を合わせて唱えた。
「この世で一番大事なのは、自分たちだけ」
先に生まれた兄は、満足げに頷いて微笑んだ。しかし、数秒遅れて生まれた方は違った。頬を膨らませて、己の角の先を兄の角へがしがしとぶつけた。骨の擦れる音が、頭の奥に直接響く。
「大事なのは魔族でしょ?……なのにシェリングは、あいつは、人間も受け入れなきゃだめだって言った」
「おかしいよね。お母さんがもういないから、あんなに言い争っていたのに、また同じことを言うんだよ」
「でもさ、でもさ? 生きてる人間は初めてみるよ。病気……うつるかな。どうしたら分かるかな。シェリングみたいにする? そうすればさ……」
「あの恰好はシェリングと一緒だよ、お見舞いに来てる訳じゃない」
「あの子たちも病気ってこと?」
「そうだよ」
「どうする?」
「枝を集めよう、今の内にたくさん」
「そっか! 三人分だもんね」
「そう、三人分」
枝を折る乾いた音が、もう二人の脳裏に響いていた。
-
簡素な木の長椅子で眠っていたルカは、微かな音に意識を浮上させた。
それは布が擦れるような、あるいは誰かの短い吐息のような響きだった。部屋の奥には、二つの寝台が並んでいる。弟と妹は深く眠っていた。聞こえるのは、二人の寝息だけだった。
ルカは身動き一つせず、ただ眼球だけを動かして室内を検めた。窓から差し込む月光が、床に白い四角を描いている。動く影はない。ルカは音もなく立ち上がった。眠りの間に衣についた皺を、細い指先で丁寧に撫でつける。
椅子の背にかかった白い外衣へ手を伸ばした。部屋を出る際には必ず袖を通せと、フッセルルに言いつけられていた。お前の身分と安全を守る盾になる――そう、彼は言っていた。
ルカは足音を忍ばせ、弟妹の眠る部屋を後にした。手燭も持たずに廊下を歩くと、踏みしめる板のきしむ音だけが、暗がりの奥へと吸い込まれていった。それは、他には誰もいないことを証明する孤独な音であり、人目を避けるルカの胸裏に鋭い針のような緊張を刻みつけた。
一階上の、奥まった面会室の前に立った。ここだけ灯りに照らされて、扉の向こうに人の気配があった。ルカはわずかに息を整えた。右手を上げ、指の背で戸を二度、静かに叩いた。
「治癒師見習いの、ルカです」
室内から、一切の感情を削ぎ落としたような男の声が返った。
「入れ」




