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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第八章

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8-9『自愛』

前方に戸口の開放された大部屋が見えてくる。天井近くに掲げられた看板には「医官室」と彫ってあった。そこから丁度一人の女が出てきた。


入室しようとしていた治癒師の男女とかち合うと、道を譲り、女は一旦中に引っ込んだ。男女は無言で、手に持っていた器具や採取道具の入った籠を廊下の端に寄せられた台車に載せた。わざと乱暴に置かれたその音は、辺りに気まずい沈黙を強いた。だから余計に「片しといてよね」と顔も見ずに指示した女の声が通った。


俯いた女は「はい」と一言だけ返した。治癒師の女は食いしばった歯をみせて振り返ったが、何か言い返す言葉を探して、結局、苛立ちを隠そうともしない溜息を吐き捨てて、立ち去った。


だが男の方はそうではなかった。俯いて通り過ぎるのを待つ女の前に、根を下ろしたように立ち止まると、「おや、何か埃が……」と耳元から何かを引き抜いた。

床に放られたのは一輪の花だった。まだしおれていない白い花を、女は両手で拾い上げた。合わせられた掌のなかで、花は大切に守られていた。


「ねぇ、おかしいよね」

「みんな変だって、思ってるよ。ねえ、やっぱりおかしいんだよ」

「そうだよね、おかしいんだよね。シェリングお兄さんがさ」


双子は陶器の水盤の裏に隠れて、お互いの角に触れた。

女の頭には角がなかった。さっきシェリングはあの女を「助けてくれた人」だと紹介した。確か名前は、「ルカ」だ。あの「人間」はどうして「魔族」と同じ衣服を着ているのだろう。どうして、あんな目をしているんだろう。謝罪する気など毛頭ないことが、その濁りのない、厚かましいほど澄んだ瞳から見て取れる。わからないことだらけで、双子は顔を見合わせると、揃って小首をかしげた。


「なんで、人間がいるんだろ」

「なんで、いていいんだろ」


その人物は花を胸の裏にしまうと、台車の上に積まれた荷物を一つひとつ手に取り、くたびれた雑記帳を開いて、照らし合わせる作業を始めた。紙面を指先でなぞり、何か確認すると台車を押し始めた。

背中を追いかけていくと、通り過ぎる患者やその家族の視線が集まった。口元を隠して話に興じたり、わざと体をぶつけてくる人もいた。だが、彼女はあたりの雑音を一切遮断したかのような深い集中力で、台車に積まれた物品を庇い、守ろうとするだけだった。


ついには相手をする者はいなくなり、周囲は明らかに彼女を視界に入れることを差し控えていた。


「お姉ちゃん!」


開け放たれた窓の下から、明るい声が届いた。窓枠に手をかけて、首をさしのべた女は手を振り返した。

樹の下から白い療養着の裾を広げた少女が歩いてくる。おぼつかない脚を少しずつ前に出して、影の際で足を止めた。眩しさに目を細めるその表情には、降りそそぐ光を痛みとして受け止めているような、痛々しさが感じられた。

後ろでは老いた治癒師がいつでも補助に入れるように手を伸ばして立っている。少女はその事に気づかないまま、窓辺で手をふる姉に笑顔をみせている。


双子は少し離れた場所にある窓から、若葉に包まれた中庭を見下ろしていた。緑のじゅうたんの上に、紫の花盛りが浮き上がっていた。その中に真っ白い花が一輪咲いている。あの女の子の頭にも、角がなかった。


「アルバ、ノクス!」


木陰に座っていた少年も手を振り返した。双子は息を呑んだ。三人だ。三人、いる。

双子はこの時、木々の茂りが聴かせる音に背筋を震わせていた。角のない人間がこんな近くにいる。その事実に、ある夜のことが頭をもたげた。


双子は心底から困っていた。隣接する地域で王国軍の兵士を見たという話が毎夜交わされ、一日一日と危険が増していくばかりだと深刻な顔つきで両親が話している。いつになっても同じ話ばかりで、双子は思いあぐねた末に、両親の「静かにしていなさい」という言いつけを破って話があると打ち明けた。


自分たちだけで処理するにはあまりにもったいなく、とはいえ、二人だけの秘密にしておくのも甘美なことであったが、暗い顔をしている両親にせめても気晴らしを提供したかったのだ。


打ち明け話に両親は言葉を失って、双子が腕に触れて「ねぇ」と揺さぶるまで瞬きもしなかった。それから素早く動き出した二人は、「どこに!」と興奮して尋ねてきた。「えー」と言葉をにごし、応じない素振りをみせると、火勢を増して、椅子を倒しながら掴みかかってきた。

最初は面白かったが、何を言っても聞かなくなってしまったので、双子は仕方なく両親を伴って夜の森に入った。日の出を待つわけにはいかない、もう耐えられない、——言い争う声が、ぴたりと止まる。






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