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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-16『花殻を撫でる』

フッセルルは顔を上げ、至近距離でルカを見た。声を他者に漏らすわけにはいかないのだろう。衆人環視の中で人間と親しくしているところを見られるわけにはいかないのだ。


「説明させてくれ……俺はお前を診療所で雇うつもりでいた。他の治癒師たちに話を通し、患者やその家族に、あんたがいかに善人で安全を脅かさない奴であるか聞かせて、約束をした。俺の首をかけると。その場はそれでおさまった。ように見えただけだったのかも知れねえ。あいつが……武官長の遣いがやってきて、人間を匿っていると通報があったと言った。俺がみんなに話した次の日だ。それでいきなり兵士がやってきて…………手を打とうとしたが、時間がなかった。駆けずり回る俺に治癒師の一人がな、言いやがった。いい気味だとな。俺はな、あんたを知ってもらわなけりゃ始まらねえと思ってた。悪人の立証なんて簡単だが、善人の立証ほど難しいことはなかった。わかっていたのに、このざまだ。あんたには一切非がない。これは俺のしくじりが招いたことだ、あんたじゃない」


その告白はルカの心を変貌させた。


「………………先生。ノクスとアルバに何をしたんですか」

「お前が部屋を出た時点で、兵士が扉を封鎖し、ッ待て、行くな!」


ルカは髪を逆立てて踵を返した。フッセルルはそれよりも早く両腕を掴み、落ち着けと体を揺らして訴える。


「結界を張ってある! 俺の特性だッ、あの二人が部屋から出ない為でもあるし、誰も入らせない為でもある。破られれば俺が感知できる、だからッ」

「何があってからでは遅い!」


怒りと戸惑いが、行き場を失くして体を巡っている。苛立ちのままにフッセルルを突き飛ばすこともできず、ただ目を逸らすことしかできない。


「この場を離れた場合、逃亡と見なして弟妹ともども処刑する。それでも行くか」


ルカは目に怒りの色を浮かべて、おぞましい事を言った武官長を睨みつけた。


「貴方は私に罪が課されていないというが、人間であることを切り離すことなどできない! 私は生まれながらに人間だ!! そのことで貴方が私を断罪すると言うなら!!!」


フッセルルから離れ、ルカは自分の足だけで武官長の前に立った。


「——私は人間であることを、恥じはしない!」


ルカは武官長の腰帯に捻じ込まれた短剣を引き抜いた。男は冷静にルカの動きを目で追っていた。止めようと思えばできたがしなかったのは、道理も何もなく、舞台の上に引き出された女が何を成すか見極めたかったからだ。

ルカは肩の花をむしり取ると、花柄を持ったまま腕を伸ばした。もう一方の手で短剣を逆手に持ち替える。そのまま腕の中間、肘の内側の一等柔らかい場所めがけて刃を振り下ろした。


フッセルルは狼狽して全身が震えあがった。だが黙している武官長やフッセルルの目には、ルカは激昂しているようにも、ましてや自棄になっているように見えなかった。ルカの真剣な眼差しは大きな一つの波のうねりとなっていた。好もうと、好むまいと、ここにいる全員がルカという波に飲まれていた。

ルカはただ一人の人間として、花を掴んだ腕ごと捧げようとしていた。魔族にでもなく、死んだ兵士の為でもなく、ただ体一つで運命に抗う為に。


だがどれほど、思考と行動が一致していても、平静ではいられなかった。痛みに全身が震え、裂け目を愚直に見つめる目には涙の膜が張る。

皮をえぐった刃が骨に突き当たった。汗がどっと噴き出し、噛みしめた唇から血が滲んだ。ルカはそれでも止まってなるものかと刃を押し込んだ。


滴った血が石畳の上で弾ける。その瞬間、広場に閃光が走った。一帯が眩い光に包まれて、ルカは顔を背けた。



――瞼の裏が白い。目を開けると、光があった。ルカは眼前に生まれた光の柱を見上げた。



ルカは「それ」を与えられてから、魔王城までの長い旅路をずっと肌身離さずにいた。そこに人格というものがあるとも考えたことはなく、眠れぬ夜に語り掛けるようなこともない。狩りをすればそれを構え、獣を捌いて汚れた後は、綺麗に拭って研きもした。それは一度たりともルカを傷つけたことはなかった。それどころか何度手放しても、必ず飛んできてくれる。今まさに、剣はルカに応えていた。


「なんと、剣が…止めたというのか」


武官長が呻く。短剣は床に落ち、肘の傷は跡形もなかった。


ルカは涙の散った目で剣を見つめた。雫がきらきらと舞い、心に生えた小さな棘が内側に戻っていくのを感じた。


「都合よし!」武官長はフッセルルに下がるように手で示し、自らの得物を構えた。身の丈以上の大剣をぐいと背の裏で留めると、ふんッと腰を入れてルカの上に打ち下ろした。






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