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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-15『花殻を撫でる』

外套を羽織る時間もなく、ルカは人間である自分を剥き出しにしたまま武官長の後ろを歩いた。診療所を出て、さらに区を隔てる門を通過し、武官区へと入る。石造りの二棟と広場があるだけで、歩いているのは鎧姿の兵士だけだ。

白と薄灰の石が規則正しく組み合わされた広場は、踏み込んだだけで足が竦んだ。広場を取り囲む石の壁は、すり鉢の底に立つように四方からルカに迫っていた。壁の一部は大きく開口し、等間隔に柱が立っている。上から押し潰されるような感覚に、ルカは奥歯をぎりと噛みしめる。既に開口部には幾人かの兵士や住民が集い始めており、殺せと囃し立てる声が、聞こえてくるようだった。


武官長、フッセルル、そしてルカが広場に入ると中央では兵士らが隊列を組んでいた。武官長の来訪は、見張りの兵の挨拶の声から伝播して既に全体に知られるところとなっている。

隊列の先頭にいた兵士が兜を脇に抱え、踵を鳴らした。顔はこわばり、汗ばむ短髪が額に張りついていた。

二人が何か話す間、少し離れて立つルカに周囲の視線が突き刺さっていた。隊列を組んだまま武官長に敬意を表し続ける兵士らも、ルカを睨みつけている。


武官長の胸元に花が宛がわれた。小ぶりで白い花が、胸元の鎧の合わせに差し込まれる。そして片手に同じ花を持って武官長は戻ってきた。


「これを胸に。落とした時点で負けだ」

「負け…?」

「相手に服従するということだ」

「……私の処遇が決まっているなら、意味のないことでは?」

「これは汚名を濯ぐ儀式として扱われるが、かつては罪人が死罪を免れるため行える最後の申し立て行為として知られていた。名誉を傷つけられた者が、相手と戦って勝つことでその汚名を晴らす。罪を認めぬ者が、勝つことで檻から出る。こちらは既にお前の有罪を確定させている。だが、それは人間に対して課された罪だ。お前は既に自身のものであると認めているようだがな」


ルカは大きく顔を歪めた。後ろで兵士が持っている大剣はこの男の得物なのだろう。何と装飾されようが、これから始まるのは血を期待された争いだ。だが、武官長は不快を表に出したルカをものともせず、顎をしゃくって後方を示した。


「途中に花壇があったことに気づいたか? 城内で緑や花はありふれたものだが、この武官区では水をあげ液肥をあげようなどと思う者はいない。武官たるもの手元の物よりももっとでかい物を守らねばならないからだ。獣に押し掛かられて死んだ男は、仕事の終わりにはいつもあの花壇にいて土をいじっていた。もっと広げたがっていたが苦情が出て、そうはならなかった。俺は庭園区の見張りに移動させてやれと指示した。動きのない区だ。配慮のない言い方をすれば、前線から程遠い兵士の待機場。だのに男は飛び跳ねて喜んだときく。閑職を有難がる変わった男だった」

「……どうして、居住区に」

「庭園区からは居住区が見下ろせる。体当たりを受けて崩落した塔ばかりに目がいって、獣が複数家屋に取りついていると気づいたのはあいつが一番早かったんだろう。道理も何もなく、突然自分という舞台の主役させられる。そういうものだ。この花はあいつが育てていたものだ。ひょっとすると、こういう物に光を当てたかったのかも知れんが最早答えはない。どこにもな」


周囲から声援が上がった。距離を取って壁となる兵士たち、幕壁の見物席には居住区の住民らに混じって文官の姿も見えた。屋上で対峙したことのある片眼鏡の補佐官らしき姿もあった。

武官長は片手を上げて応えた。


「ただ散ってしまうには名残惜しい」


落とされた呟きの空虚さに胸が詰まる。動こうとしないルカの代わりにフッセルルが花を受け取り、体を押してきた。武官長から引き離されて、ルカはフッセルルから香る消毒の匂いに、拳を強く握った。彼は花をルカの二の腕の帯に挟もうとした。これから起こる儀式に自分を送り出そうとしている。その事が誰かに手荒に扱われたり暴力を受けることよりもひどいことのように感じられた。


「先生……先生はこんな事に、なるって……」


わかっていたんですかと、喉元まで言葉が出たが、音にすることはできなかった。ノクスとアルバを助け、療養中、個室に身を隠すことを許し、色んな形で守ってくれた。彼は何があろうと恩人だった。






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