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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-14『花殻を撫でる』

ルカは黙って老いた治癒師の顔を見ていた。白い顎鬚。刻まれた皺。何十年もかけて積み上げられてきたものが、その顔には静かに刻まれていた。どんな問いにも向き合おうとする誠実さも、ずっとそこにあったのだろうと思った。そう思うと、なぜかひどく息が詰まった。


「先生は」


ようやく声が出た。自分の声が、思ったより細かった。


「先生のことは、誰が守ってくれますか」


フッセルルは目を大きく開いた。何を言われているかわからないという風だった。

短い沈黙があったが、ルカにはそこに彼の人の好さが詰まっているように感じられた。返す言葉を探しているのではなく、ただ真正面から受け取ろうとしている、そういう間だった。


「きっと先生が非難されるでしょう。人間にくみしたと、言われてしまう」


治癒師は一拍置いた。それから笑った。目尻のしわが扇のように広がって、それがひどく彼らしかった。


「八十のじじいの面倒なんざ見ようとするな」


彼は膝を叩いて笑ったが、ルカは笑えなかった。心配していた。本当に心配していたのだ。この老人が誰かに何かを言われる場面を想像すると、胸の内側がざらついてしまう。そのざらつきは怒りでも悲しみでもなく、もっと輪郭のない、どうにもならない感触だった。


「それにな」と治癒師は言った。「考えがある」


だから早く体を治せといって、続きはその日には話してくれなかった。



-


数日後、フッセルルの部屋に行くと窓越しに大男と目が合った。つい最近、死の森の前で見かけた鎧姿ではなく、焦茶のつなぎ服の上から分厚い外套を着こんでいる。軽装でも剣を振るう男の体つきをしていた。

その太い腕で何もかも捻り潰せそうでありながら、それでいて豪快に口を開けて笑い、そばにいるフッセルルに親しそうに話しかける姿はどこか人懐こかった。笑い声が硝子窓越しでも聞こえた。低く、よく響く声だった。

朝の診察のあと、フッセルルに呼ばれていた。「考えがある」とだけ聞かされていたので、昼間はできるかぎり目を覚ましていた。仕事の話をするつもりで来たのだ。目の前の男も何かしら意図があって、ここに来ているのだろう。


窓の外でしゃがみこんだまま、どうしたものかと思っていた。窓が大きく開いて、男の笑い声に出迎えられた。冷えた外気の中に、室内の暖かさと獣脂の灯りの匂いが混じって流れ出てきた。緊張したまま室内へ足を踏み入れると、床板が軋んだ。


「おい、フッセ。我が友よ。これが例の人間か! いや、なんと小さなことか!」

「武官長」とフッセルルが言った。「声を抑えろ。診療所だぞ」

「もっともだ!」


まだ窓辺で立ち尽くしていたルカに、武官長はおもむろに近づいてきた。頭のてっぺんから足先までを眺めて、それから表情を消した。


「聞いておるぞ。城中を揺るがした獣の件だ。兵士を助けてくれたそうじゃな」


獣に押し掛かられていた兵士のことだろう。ルカが何かを言わんとする前に彼は返答を求めず、くるりと振り向き、長椅子に腰かけた。椅子は大きく沈み込む。大股に開いた膝の間から、分厚いふくらはぎがよく見えた。まるで獣と対峙している気分だった。ルカは身じろぎもせず、立ったまま彼を見ていた。


「……余計な手出しを致しました」

「そうだ」と武官長は言った。「魔族のことは魔族がけりをつけなければならない。人間が手を出すことではない」


ルカは何と返せばいいかわからなかった。


「実際のところ、うちの隊の者でも対処はできた。精鋭揃いでな。特に遁走した獣を焙りだすのは上手い。だからここに来た」

「……襲われていた方はどうなりましたか」

「圧死した。どのくらい生きていたか、そうだな、数分だろう」


男の言葉には威圧があった。ルカはその言葉を、静かに飲み込んだ。詰めていた息を吐くために視線をずらすと、フッセルルの顔がひどくやつれ、青白くなっていることにようやく気づいた。

フッセルルは視線に気づくと、ただ静かに頷いた。一瞬だけ口角に笑みが乗って、ルカはそこに言外の言葉を読んだ。お前は心配しなくていい、と。


「お前が助けに入ろうと入るまいと既に生死は決していたということだ」


武官長の声音は淡白で、責める色があるようには思えなかった。ルカはその言葉に、怒りも感じなかった。ただ、誰の役にも立てなかったという感覚が重く、胸の奥へどこまでも沈んでいった。

武官長はルカを見定めたあと、フッセルルへ視線を移した。フッセルルは何も言わなかったが、その沈黙はひどく重かった。


「来い」


武官長は既に立ち上がっていた。どこにと問うと、彼は振り返らずに言った。


「お前を断罪せねばならない」






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