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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-13『花殻を撫でる』

翌朝、フッセルルが個室にやってきた。

ルカは椅子に座ったまま二人の寝顔を見ていた。泣き疲れて眠ったのは自分も同じで、目が腫れていて肌は突っ張った感じがあったが、誰かの前で自分を取り繕うといったことをしたことがないのでフッセルルと対面しても赤い目を隠したりはしなかった。

ノクスとアルバの診察を終えると、彼は丸椅子を二脚引いてきて、目で座れと言った。


診察道具入りの箱の中から、小さな瓶を取り出した。朝の光の中でそれはひどく静かに光った。中に入っている粘性の液体にルカの視線が釘付けとなる。問いかける前にフッセルルは頷いて、瓶を箱の中に丁寧に戻した。


焔咳病(えんがいびょう)の治療薬だ」


ルカは唇を噛んだ。胸一杯に息を吸いこむことで枯れたはずの涙を抑え込む。肺の奥まで満たした空気は湿気と消毒薬の匂いがして、それがかえって落ち着かせてくれた。


「まずはノクスとアルバの二人が意識を取り戻したこと。それは大きな一歩だ。この薬があれば、目も直に良くなるだろう」


「ありがとう、ございます」と途切れ途切れに伝えた。喉が上手く動かなかった。


「この薬はついさっき製薬室から届けられた。研究者は友人だが、あれはあんたのことを知っているようだった。覚えがあるかい?」

「……あります。彼が私に機会を与えてくれたのはこれで二度目です」

「伝言がある」

「その方からですか?」


紙片を渡される。なにかの端をちぎったものだ。粗雑に折り曲げただけの紙片を開くと、墨の滲んだ走り書きがあった。几帳面な人間の字ではなかった。急いで書かれたのか、あるいは書きながら迷ったのか、線が震えている箇所があった。


――あの方が貴方に恵みを与えると言った時、私はひどく後悔をしました。費やした時間や犯した禁忌が人間の為のものだと思うと、心が自分から切り離されたように思えたのです。だけど、貴方はあの薬を私達の為に使ったと聞きました。その恩義に、今度は私自身の想いをもって薬を託します。神があなたの弟妹のそばにいることを祈っています


ルカは袖口を引っ張り上げて目元に押しつけた。枯れていたと思った涙は溢れ出して止まらなかった。紙片を握りしめる手が震えていたが、それを止めようとは思わなかった。


薬を投与してから間もなく、アルバがもじもじと体を動かし始めた。そばでフッセルルの手仕事を食い入るように見つめていたルカは、立ち上がって小さな手を取った。指が冷たかった。まだ体に熱が残っているのに、指先だけが冷えている。

名前を呼ぶと、深刻さに震えるこちらの声に反して、にへらとアルバの顔がとろけた。声にはなっていないが「かわいい」と口が動いた。とっても幸せな夢をみているのだろう。邪魔しないように「おやすみ」と唇だけで形作って、そっと顔を離した。名残惜しくて中々手が離せなかった。


「それで今後についてだが」


フッセルルはあまり長く個室に滞在することはない。しなければいけない話があるが、切り出す機会を窺っていたのだろう。個室の中は静かで、廊下の遠いところから誰かの足音がして消えた。


「昨夜、城内に侵入した獣は討伐された。庭園区の長廊下には大型獣が一匹逃げ込み、剣を使用した女に倒されたと。それがあんたであることに間違いはないな?」


「そうです」とはっきりと答えた。


「逃亡した人間に追いつけた者はいなかったが、診療所に逃げ込んだという話がにわかに噂されている」


治療薬は完成した。これからも弟妹の治療は続くが、フッセルルがいてくれるなら安心できる。そう思った瞬間、ルカはそれが甘えであることに気づいた。言わなければならないのだ、自分から。


「先生、もうここには」


来ないようにします。そう言おうとした、だが遮られる。


「ここで働かねぇか」


ルカは口を閉じた。

フッセルルは前を向いたまま言った。いつも丸まった背中が伸ばされて、大きく見えた。老いた骨が、それでも真っ直ぐに立とうとしているように見えた。


「人手が足らねえのは事実だ。魔王様にも許可はいただいている」

「……先生」

「あの子らの治療は新しく始まった。いわば第二段階だ。寛解……わかりやすく言えば、目も見えるようになって起き上がれるようになるまではまだ時間がかかる。治療を途中で投げ出したりはしない。あんたの事も治療するが、これは俺の仕事だ」


言葉が短く、淀みなかった。決めていたことを口にしているのだとわかった。

フッセルルはルカの肩越しに二人をみた。その顔は少し不機嫌で、重たい。目がどんよりとして、いつも疲れているのは、本当に寝る間も惜しんで働いているからなのだろう。ルカより遥かに年老いているのに、その疲労は生々しく、新しかった。


「あんたは、あの子らの為にも安全な場所をつくらなきゃいけねえ。目が覚めたのなら、ずっとここに押し込んでおくわけにもいかねえ。体力をつける為には散歩にも、入浴だって行かなくちゃならない。病とは比べ物にならないくらい、またつらいだろう」

「やります。私にできることをぜんぶやりたいんです」

「昨日みたいなことがまた起こる。それでもか」

「はい。でも……」






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