7-7『花殻を撫でる』
フッセルル、ジャン、シェリング、ここにいる三人はルカのことを「人間」であると捉えながらも「患者」そして「恩人」としてみなそうとあえて意識してくれている。ルカはそう考えていた。何故ならば彼らの行いには誠実さが現れているからだ。
人間に礼を言わねばと考え行動に移している。人間を治療して、食事や眠る場所を与えてくれている。彼らの心根が清いからルカの足場はかろうじて成立していた。ならば彼らの負担になってはいけないと考えるに至った。こうして顔を合わせているところを誰かに見られでもしたら、そう考えるだけで身の毛がよだつ。
だが、シェリングは居住まいを正して、とにかく今ルカが遠ざけようとする言葉を覚悟をもって口にした。
「私たちが貴方にしてしまった不当な行為は決して許されることではありません。私個人としても、魔族としても謝罪致します」
間を置かずにジャンも大きく頷いて言葉を紡ぐ。
「あの時、俺たちは貴方を受け入れることがあっても、貴方に……あんな、おぞましい……ひどい事をしてはいけなかった。人間だとか魔族とかそんな事は関係ない。だって貴方は俺たちを助けてくれた……そんな当たり前のことが、できなかった……誰かが止めなきゃいけなかった。それは俺も、あの場にいた全員がそう思うべきなんだ。ごめんなさい、すみません、許してください」
自分の不器用な言葉選びに、果たして謝罪の気持ちと後悔が混じって意味をなしているのか、ジャンにはわからなかった。居場所なく淡々と跳ねる舌が、自分から進んで真実を生みだすわけがない。しかし、ジャンがみせた言葉の迷いは一種の柔軟さと呼んでいいものだった。彼は魔族であるという自分の生き方のなかで、種族にかかわらず、人を守りたいという気持ちが強かった。当てずっぽうにみえる放言も、どこか人の心を惹きつける力があった。
自己への嫌悪から尻すぼみになって頭を深々と下げたジャンに、ルカはたまらず心の隅にわだかまる感情のままに首を振った。
「ちがう……違うんです。そんな風に言わなくていいんです。お二人……先生も、あの場にはいなかった。止めなくて良かったんです。あれで良かった。私は、納得していたんです。魔族のみなさんの気持ちは理解しています。やむをえない事情があったから、と……ただぼんやりと生きてきた私が、ここにいることが悪いんです。だから謝らないでください」
――背後で何かがぼきりと折れた。ジャンとシェリングは耳をそばだてた。
虚空を睨むフッセルルの手には折れた尖筆が握られている。破片が食い込み、次第に傷ついた皮膚から血が滲んでも、フッセルルは脳裏に複数の言葉を並べることに終始した。
脳裏にはルカの体の傷ついた器官の名が列を成し、負傷していない箇所を羅列した方がまだ早かった。治癒師としても久方ぶりに苛立っていた。一方的に暴行を受け、頭部も足も腹部も背中も負傷している。傷跡ははっきりと残るだろう。
人間といっても、二十年も生きていない子供で、女なのだ。男女を比べた時、男の方が骨が太く、衝撃に強い。骨を支える筋肉量さえ女の方が少ない。体のつくりがそういうものなのだ。
何より寄ってたかって魔族の男が手を出したというのが本当に救いようがなかった。魔族は人間よりも骨格が大きく重い。振り下ろした拳で女の体を叩き、蹴りあげ、石を投げ、髪を掴み、成したこと、何一つとして、正しい道筋の物はなかった。だというのに、この娘は「納得している」と言った。フッセルルは心底、心の奥底から罵倒してやりたかった。何を言っているんだと。だが――
この娘が「誤り」を認めているのだ。自分の存在がこの世で「誤り」だと認めているから、心底申し訳ない顔で首を振る。笑いもする。蒼褪めた顔をしながらだ。その上で、俺がどうして生命の大切さを自覚しろと言えるのか。魔族の俺が。
フッセルルは唇を舐め、腹の底にためた息を鼻から全部吐き出した。なにも言い添えずに窓の外をみる。硝子には自分の酷い顔が浮かんでいた。角がついた、年老いた男の顔だ。こんなに腹立たしく、思うようにいかない悔しさを感じたのは、妹を人間に殺された時以来だった。再度鼻から息を吐いて、理性の奪還を試みる。目を流せば、俯く丸い後頭部が見える。角のない、荒れた髪が。
ルカは後ろでフッセルルが苛立っていることに気づいていた。それが人間に対するそしりだと受け取り、「私が悪いんです」ともう一度哀れに添えた。
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