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【毎日8:10更新/8章:クライマックス直前!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-6『花殻を撫でる』

夜更けの大雨で吹き飛ばされた葉や花弁が石と石の継ぎ目に張りついている。居住区はしっとりと濡れ、円塔から飛び立った鳥の羽音が空気を叩いて消えた。


フッセルルの部屋に向かうには診療所内を通らなくてはいけない。だが、ルカは外套を着こみ、帯を締めて前合わせが乱れないように何度も手で押さえていた。窓枠に足を掛け一旦外に出る。それから診療所の外壁に沿って、手近な縁を掴んでは次へと移り、フッセルルの個室のある階まで登った。

窓掛けは左右に結ばれ、外側から部屋の中が見渡せた。丁度窓辺に立っていたフッセルルはルカを見るなり呆れて、指をくいっと曲げて中に招いた。本当に窓から来やがったな、と小言が耳に届く。


だしぬけに不審者が現れ、先客は閉口した様子だったがルカが床に降り立つと、一人は体をびくりと揺らすと踵を揃えて背筋を伸ばした。顎は上向きになり目線は天井を向く。兵士の立位だ。もう一人は椅子に立てかけた杖を取るとゆっくりと立ち上がった。二人とも包帯を巻いていた。


ルカは二人の顔に見覚えがあった。すぐに外套を脱ぎ、そばに寄ろうとして、しかし理性が止まれと言った。目元が痙攣し、落ち着けと念じてから不格好な笑みを作る。

手近な椅子に外套をかけて距離を取ったまま、まず両腕を掲げた。


シェリングは薄く笑みを湛えたまま、眉を下げた。先に動いたのは兵士だった。彼はルカの行動の意図を察すると自分の装備である剣の場所を体全体で示した。剣は腰帯から外されて扉のそばに立てかけられている。それから彼はルカと同じように手のひらをみせて、腰や脇腹をがんがんと叩いた。剣の他に何も携帯していないと必死に敵意がないことを訴えているのだ。ルカもまた王国から戻って以来、勇者の剣を持って歩くことはなかった。彼が同じ気持ちを返してくれたことに、目の奥がきゅっと熱くなった。


「ルカさん、とお呼びしてもいいでしょうか? お名前はフッセルル先生から伺いました」

「はい」

「私はシェリング、こちらは守護隊に所属しているジャンさんです」

「はいッ、ジャンと申します。お礼を伝えたくて、ずっと探していたのですが治癒師のどなたに訊いても貴方の事を知らないというので、……あ、いや、すみません。逢いに来るのが遅くなってしまい、申し訳なく思います…! フッセルル先生からご承認をいただき、こうして場とお時間を頂戴した次第です。そのお姿……まだこちらで療養なさっていると聞いていますが、あの」

「私は……この通り、元気にしています」


背後で白湯の準備をしていたフッセルルが眉を顰める。机の上に三人分の杯を置いて、左肘で兵士を小突いた。顎で座れと椅子をさす。兵士ジャンは三回頷いてから椅子に浅く腰掛けた。膝に乗せた手にはまだ包帯が巻かれている。ルカはシェリングの包帯にも目を留める。


シェリングはルカの視線に気づくと首を振り、優しく微笑んだ。

まずシェリングがゆっくりと言葉を確かめながら、死の森での出来事、ルカに出逢う前にしていたことや、騒動のあと診療所で目覚めた話をした。それはあの日の再現で、ジャンの喉も何度か詰まって、その度にシェリングが言葉を継いだ。


「本当に、心から感謝しています」


最後にそう言って、二人は深々と頭を下げた。

ルカもまた真剣に返した。


「私だけでなくあの場にいた多くの方の尽力があってこそです。私も心から、お二人が無事で良かったと思っています。今、お体は大丈夫ですか」


シェリングは頷き、杖を持ち上げて見せた。


「まだこれが必要ですが、翌日には自宅に帰れましたよ」

「ご自宅?」

「私は東の集落で暮らしてはいましたが、この城で生まれ、家もこの区にあります。東へは技術官として派遣されていたのです」

「子供たちは」

「二人とも元気ですよ」


その言葉にルカは大きく息を吐いた。こわばっていた肩が少しゆるみ、自然と笑みができあがる。


「実は」と言ってシェリングは少し目を逸らした。


「二人も連れてきたかったんです。恩人であるジャンさんやルカさんに逢わせたくて。でも恥ずかしがってしまって…………服も着替えて、長靴も履かせたんですが……すみません」


ルカは努めて笑顔のまま「いいえ」と頷いた。

恥ずかしい、という言葉の裏に何があるか、わからないはずはない。恩人とは言うものの、彼はきっとこれから「人間」に逢いに行くと子供たちに話したのだろう。聞けば、王国軍の襲撃から逃れて家や家財をすべて放って逃げてきたのだという。追い出した元凶である人間に「ありがとう」と言いに来る必要はなく、逢いたくないと思う事はおかしなことではない。子供たちは人間に対する嫌悪があるのだ、そういうことだろうと思った。言い換えてくれたシェリングには感謝すると同時に、気遣わせてしまったことを申し訳なく思った。


三人の壁のある会話を聴いていたフッセルルは、窓辺に置いた木椅子で獣皮紙を眺め、会話に参加する気はないと体で示していた。やさしく寂しい沈黙が訪れる。






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